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カースト最下位落ちの男と三軍ストーカー男。

 人生、なにが起きるかわからないとは言ったものの、だからとはいえ限度があるだろう。  カースト最下位に強制的に落とされてから一週間弱。俺の平穏は毎日のように脅かされていた。  謂れのない理由で因縁付けられそうになるわ、いきなり部屋に引きずり込まれて知らないやつにキスをされそうになったときは流石に驚いたがそれでも今までなんとか逃げてきた。  ……それと、やはり一番ケ瀬の存在もあるだろう。『自室に戻らない方がいい、暫く俺の部屋に泊まっていけばいい』という一番ケ瀬の好意に甘え、毎晩お邪魔していた。  朝起きて一番ケ瀬と一緒に登校してると、やはり良くも悪くも目立つやつだ。普段ちょっかいかけてくる一軍の連中も一番ケ瀬の前ではなにもしてこないのが楽だった。  一番ケ瀬は付き合った方がより効果的だとは言ったが、そこまですることはできなかった。照れ臭いといってしまえばそれまでだが、やっぱりこれ以上一番ケ瀬におんぶに抱っこ状態なのは嫌だった。  食堂で買ったコロッケパンをそっと抱え、俺は落ち着けそうな場所を探していた。  かといって人気がなさ過ぎると絡まれたときが面倒なので、俺は比較的安全そうな中庭へと向かうことにした。 「よぉ~~四軍君!」 「……」  聞こえてきた声。俺のことを四軍などと呼ぶ輩にろくなやつはいない。「またか」と無視しようとした矢先のことだ、伸びてきた手に肩を掴まれぎょっとする。顔をあげればそこには見覚えのある顔があった。いかにも軽薄そうで、ニヤついた顔の男。確か、生徒会の……。 「七搦(ななからげ)先輩」 「なんだ、俺のこと知ってんだ」 「……そりゃ、まあ。あの、一番ケ瀬なら居ませんよ」 「知ってる。つうかあいつがいないとき狙って会いに来たんだから」  中庭へと向かう途中の通路、そのど真ん中。  七搦の顔を見るなり二軍以下のやつらはそそくさと逃げていく。俺だって正直逃げたかった。  生徒会の七搦は俺でも知ってるほど良くない意味で有名人だ。女の代用品で可愛い顔の男ばかりを食い散らかすという節操のなさ。幸い俺は女子と見紛うかのような愛らしさも美しさもない。  だとすれば、そんな七搦に俺に用となると……全く見当もつかない。ただ嫌な予感だけはひしひしとした。なんとなく目の前の男から距離を取り、「なんすか?」と尋ねれば、七搦は俺に顔を近付けてくるのだ。 「……ッ!」 「どうやら、一番ケ瀬のやつが最近なにかこそこそやってんだけど……お前なら何か知ってるかなってさ」  まさか殴られるのか、と身構えたが違った。  というよりか、予想してなかったところを突かれ、思わず反応しそうになるのをぐっと堪えた。  ……というか、やはり一番ケ瀬関連か。まあそうだろうとは思ったけども。 「……知らないっすよ。直接聞いたらいいじゃないっすか」 「あいつが素直に答えると思うか?」  含んだような言い方だ。恐らく一番ケ瀬が隠れて動いてるのは最下位の廃止のための工作だろう。いかにも口の軽そうな七搦に対して素直に話すとは思えないが、それでもなんとなく七搦の物言いにはひっかかった。 「さあ、どうでしょうかね」と適当に流してさっさと中庭へと急ごうとしたときだった。  七搦に行く手を阻まれる。 「……まだなにか?」 「なんだよ、随分と素っ気ねえじゃん。四軍君さあ?」 「……」  やっぱり、結局こうなるのか。元々一番ケ瀬と違って誰にでも愛想よく接することのできるほどの器量もない。他のやつらならまだしも相手は一軍の中でも最上位に等しい生徒会役員様だ、下手に絡まれるのは御免だ。それにこの七搦とかいう男、正直苦手だ。 「別に、そんなつもりじゃ……」 「あー、わかった。野郎と二人きりになるのがやなんだろ」  手を叩いた七搦の言葉に背筋が凍る。伸びてきた手に顎を掴まれた。 「ほら、図星だ」 「……ッ」 「おい七搦、何してる!」  半ば強制的に顔を覗き込まれ、思わず言葉に詰まったときだった。通路の奥、聞こえてきた聞き慣れた声。  七搦は「おっと、うるせえのが来ちゃったな?」と俺に笑いかけた。そして。 「十鳥になんの用だよ」  俺を七搦から引き離すように間に割って入ってきたのは一番ケ瀬だった。  珍しくいつもの笑顔もない。敵意を隠そうともしない一番ケ瀬に、七搦は怒るわけでもなくただ笑った。 「いや? お前のお気に入りを見に来たんだよ」 「ああそうかよ、ならもういいだろ。……行くぞ、十鳥」  云うや否や一番ケ瀬は俺の腕を掴み歩き出した。 「あっ、おい……! 一番ケ瀬っ!」  いいのかよ、一応生徒会の先輩なんだろ?  そう声を掛ける暇すらもなかった。歩き出す一番ケ瀬によって俺はそのまま中庭とは正反対の方向へと引っ張られる。  一番ケ瀬は辺りに人がいなくなるのを見てようやく立ち止まる。  掴まれた手首はまだじんじんと熱い。 「大丈夫だったか? 何か変なこととか……」 「されてない。寧ろ、お前の方がちょっと変だぞ」 「どうした?」と聞き返せば、一番ケ瀬は少しだけ考えるように俺から視線を外す。珍しく茶化すわけでもなく真剣な顔だ。 「七搦……あいつはあまりいい噂ないからな。お前が一緒にいるの見て、心臓停まるかと思った」 「同じ生徒会役員だろ、そんなの……」 「だからだよ」  だからだよ、ってなんだ。そういや七搦のやつもなんだか一番ケ瀬のことをあんまいいように思ってないようだったし、もしかして仲がよくないのだろうか。  ……意外だった。一番ケ瀬は誰にでも優しくて、気さくなやつだと思ってたから余計。 「……一番ケ瀬、怒ってるのか?」 「いや、悪い。別にお前に怒ってるとかじゃなくて……」  そんなに七搦って厄介なやつなのだろうか。  ふと、一番ケ瀬がこちらを向く。瞬間、伸びてきた一番ケ瀬の手に首筋を撫でられた。襟の下、するりと撫でてくる指先にぎょっとしたとき。 「……ここ、どうした?」 「え?」 「赤くなってる」  心当たりが多すぎて思わず言葉に詰まる。  何度も襲われそうになって逃げてきたが、そのときに引っかかれたのだろうか。 「……っ、あー……えと……その、だな……色々あって」 「……また襲われたのか」 「に、逃げれた……今回は一人でもちゃんと逃げられたんだぞっ! 逃げれたからはこれはノーカウントだ。気にするな」 「気にするなとかじゃないだろ」  咎めるような一番ケ瀬の目が痛い。こいつが言わんとしていることは分かった。……いつものあれだ、付き合うだとか、なんだとか。 「でも……最初は驚いたが大分慣れてきたぞ。逃げるコツとか覚えてきたし……だからお前は気にしなくていい。寧ろ一早く四軍を廃止してくれたらいい話なんだしな、お前はそっちに集中してくれ」  な、と話題を切り替えようとすれば一番ケ瀬は「はあ」と大きな溜息を吐きやがる。 「お、俺は一番ケ瀬に負担掛けたくなくてだな……」 「いいよ。わかった。……お前がそのつもりなら俺も腹を括るよ」 「……一番ケ瀬?」 「飯、食いに行くんだろ? さっさと食わねえと昼休みが終わるからな」 「……ああ、そうだな」  さっきまで怒ってたと思いきや、いつもの一番ケ瀬に戻っている。肩を抱かれ、ほっとするもののやはり胸の奥に蟠りを感じた。  ……なんか、はぐらかされたみたいだ。  一番ケ瀬は優しい。顔がいいやつはもれなく皆自分が一番だと思ってるようないけ好かない野郎ばかりだと思っていたが、一番ケ瀬だけは別だ。  中身もイケメンで、好かれない方が不思議だと思うほどいいやつだった。  正直言うと俺はこいつのことが最初は苦手だった。眩しくて、きらきらして、一緒にいると自分の凡庸さが余計浮き彫りになるようで。  それでも、一番ケ瀬はそんな俺を――……。 「……っと、やべ。俺そろそろ行くわ」  ――学園内、ラウンジ。  自分は飯を食わず俺の食事を見守っていた一番ケ瀬だったが、どうやらタイムリミットがやってきたようだ。 「ん、ああ。もうそんな時間か」 「なんだその顔は。……寂しいのか?」 「別にそういうわけじゃない、ただ」 「言ってるだろ、俺とフリでもいいから付き合ってみろって」 「それは断ったはずだ。……ほら、早く行かなきゃいけないんだろ?」 「……そーだわ。じゃまたこの話は後でな」  ……本当諦めないやつだな。  席を立ち、ラウンジから出ていく一番ケ瀬の背中を見送った。  何度冷たくしても、放っといてくれと言っても一番ケ瀬は俺に構ってくれたんだよな。  今では懐かしい記憶だ。一人でいることに慣れていた俺にとって、一番ケ瀬は俺にとって得体の知れない存在だった。 「……」  そろそろ俺も戻るか。  人が多くなる前に、俺はラウンジを後にした。

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