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カースト最下位落ちの男と生徒会副会長と会計。

 比較的平穏だった学園生活が一変して一週間が経っただろうか。  一番ケ瀬は用事があると先に部屋を出ていったため、俺は仕方なく一人で教室に向かおうとしていた。  ……あいつ、いないよな。  教室前、辺りにあの三軍の陰気臭い顔がないか確認したときだ。 「と、十鳥君……っ」  すぐ背後、耳元に吹き掛かる吐息に思わず飛び上がりそうになる。慌てて振り返れば、そこには見たくない顔があった。 「……っ、な、なんだよ、お前……っ!」 「ち、ちが、あの、僕、この前のこと……謝りたくて……本当、ごめん」  せっかく忘れようとしたのに、件の三軍野郎――二通はおどおどと怯えたように頭を下げる。  ごめんで済めば警察はいらない。が、こういうタイプは下手に刺激した方がやばいと身を持って経験した現状この謝罪を受け入れる他ない。 「それで、あのあとは大丈夫だった……?」  どう反応すればいいのかわからず、咄嗟に一歩後退ったとき。ずい、と迫ってくる二通に手を掴まれ「ひっ」と声が漏れる。乾いた指先から感じる生暖かさが余計嫌だ。 「さ、さわるな……っ!」 「あいつになにもされなかった?」 「あ、あいつって……」  さっきから何を言ってるのだ、こいつは。  咄嗟に手を振り払おうとするががっちりと握り締められた掌は硬い。 「おい、握るな! 指を絡めるな! 舐めるな!」とぎちぎちと指を引き剥がそうとしていたときだった。 「十鳥」  背後から聞こえてきたその声に全身から力が抜けそうになる。対する二通は俺の背後に目を向けたまま硬直した。 「……ッ! い、一番ケ瀬……!」 「……なんだ、二通。お前もいたのか。随分と珍しい組み合わせだな……」  どうやら用事が済んだらしい。そこには一番ケ瀬が立っていた。「なんだこの手は」と笑いながら俺たちの繋がれた手を突いた一番ケ瀬に、ひっと二通は慌てて俺から手を離した。  助かった……!  二通の手が離れた隙に救世主一番ケ瀬の後ろに隠れれば、「どうした? 十鳥」と言いながらも俺を庇ってくれる。そして二通に向き直るのだ。 「……と、十鳥く……」 「悪いな二通、どうやら十鳥は今誰とも話したくないらしい。……そっとしてやってくれないか?」 「……っ、お前……」  二通が何かを言いたそうにしていたが、それを聞く前に一番ケ瀬は俺の腕を掴んでそのまま「行くぞ」と歩き出した。  教室の前を通り過ぎていくのでどこに行くのかと思ったが、そのまま近くの便所に足を踏み入れた。幸い人気はない。 「……助かった」 「どうした? 二通となんかあったのか?」 「なんでもない……ただ、苦手なだけだ」  一番ケ瀬が相手でも、流石に二通のことを話す気にはなれなかった。……これは墓まで持っていくべきだろう。そう俺は一人頷く。  ふーん、と呟く一番ケ瀬だったが、ふと思い出したように「そういや十鳥」と俺を見た。 「どうした?」 「今日俺放課後生徒会あるから一人で帰ってもらわなきゃならないんだが大丈夫か?」 「そ……そうなのか……わかった」 「そんなに露骨に寂しがるなよ。なんなら終わるまで待っててくれてもいいからな」 「……一人で帰るくらいできる、人をなんだと思ってるんだ」 「はは、冗談だろ」  一番ケ瀬は笑う。からっとした笑い方。  色々あって関係が変わるかも、と心配したがどれも杞憂だった。カースト最底辺の俺に対しても以前のように接し続けてくれる一番ケ瀬の存在が今はただありがたい。  ◆ ◆ ◆  放課後。  俺は一番ケ瀬に言われた通り一人で学生寮へと戻ってきていた……のだけれど。  一番ケ瀬が帰ってこない。時計の針は二十時を過ぎそうになっていた。  生徒会っていつもこんなに遅いのか?  一番ケ瀬の本棚に並んだ漫画を読んで時間を潰していたが、そろそろ内容に集中できなくなっていた。まあ一番ケ瀬だし、俺のために直帰するほど暇なやつでもないはずだ。別に、別に寂しくなんてないが。  そう、一人でちらちら玄関の方を見ていたときだった。部屋の中にノックの音が響き渡る。  一番ケ瀬はわざわざノックなんてしない、だとすれば……来客か?  気になったが、緊急の可能性もある。無視するわけにはいかないだろうと扉を開けば、そこには予想外の人物の姿があった。  ――七搦だ。 「なあ、一番ケ瀬のこと見てないか?」 「いや、まだ帰ってきてないすけど……」 「生徒会室にも来なくてさあ、どこ行っちゃったんだろうな」 「……一番ケ瀬が?」  一番ケ瀬は生徒会に行くと言っていた。そんな一番ケ瀬が生徒会室にも来てないということか? 「君、なんか心当たりとかねえの? てか探すの手伝ってくんね?」という七搦に俺は頷いた。一番ケ瀬の身に何か遭ったのではないか。  俺は七搦とともに部屋を出た。  心当たりのあった場所にもどこにもいない。  学生寮から学園へと戻り、既に人気の少なくなっていた学園内を俺は七搦とともに一番ケ瀬を探しながら歩いた。 「ん? なんだあれ」  不意に七搦が声を上げる。視線のする方へと目を向ければ、そこには何もないはずの空き部屋に向かって一軍の生徒たちが複数入っていくのだ。  ……なんとなく嫌な予感がした。 「っ、先輩?」 「行ってみようぜ、十鳥ちゃん」 「もしかしたら一番ケ瀬がいるかもしれねえだろ」と七搦は笑う。なんとなくその笑顔が怖かった。窓の外は既に暗い。防音された空き教室からは人の声は一切聞こえてこない。  躊躇っていると七搦に肩を掴まれた。  そのまま背中を押されるような形で、俺は七搦とともにその扉を開いた。  空き部屋の中には椅子に座ってたむろしてる生徒たちがいた。どいつもこいつも一軍のようだ。連中は入ってきた俺、というよりも七搦を見るなり青褪める。 「ああ? ここじゃねえのかよ」 「あの」とか「待ってください」とか何か言い掛けて止めようとしてくる連中を無視して、七搦は俺を引きずったままその奥の扉へと近付いた。……微かにだが人の声が聞こえてくる。それも、複数のだ。そして、七搦は躊躇なくその扉を開いた。  瞬間、まず耳に入ってきたのは悲鳴のような声だった。七搦の背中越し、最初薄暗い部屋の中で何が行われているのかなんて分からなかった。  けれど、直感する。甘ったるい鼻につくような嫌な匂い。一人、いや二人か。一糸纏わぬ数人の生徒を囲む一軍連中。連中はソファーもベッドも関係なしに犯していた。 「うーわっ、やってんねえ」  硬直する俺に対して、七搦は顔色一つ変えない。まるでこの部屋で行われてる行為を初めから知っていたかのような口振りですらあった。  犯すことで頭がいっぱいになっていた連中もその声に気付いたようだ。青ざめる連中のその奥、壁を背に立っていたそいつも例外ではなかった。 「……っ、十鳥……?」  何故、こいつがここに居るのか。  七搦とともに現れた俺を見て、一番ケ瀬は目を見開いた。それは俺も同じだった。参加せずとも、一番ケ瀬がこいつらと同じ場所、同じ空気を吸っていたという事実に頭が真っ白になる。

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