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02※
翌朝、流石にこのままずっと引きこもってる気分ではなかった。
一晩眠れば元通り、というわけではないが、一番ケ瀬のことが気になったのだ。
あいつのことだ、本気で犯人を探してるのかもしれない。だとしたら、無茶なことをしていないかも気になった。
ソファーで寝落ちてしまっていたせいで体はバキバキと痛んだ。軽く伸びをし、俺は顔を洗いに行く。
それから簡単に身支度を済ませ、部屋を出た。扉を確認するのが怖かったが、今度はなにもされていない。それを確認しただけで安堵する。
そしてそのまま扉を閉じ、しっかりと施錠した俺は取り敢えず一番ケ瀬の行きそうなところ――生徒会室へと向かうことにした。
その足取りは鉛のように重いが、逃げるわけにはいかないのだ。
そう自分に言い聞かせ、寮から学園の方へと渡り廊下を使って向かおうとしたその途中のことだ。
――学生寮、一番ケ瀬の部屋の前。その通路。
「よぉ~、奇遇だな。十鳥ちゃん」
聞き覚えのある粘っこい声に、びくりと体が震えた。と同時にいきなり背後から肩を抱かれ、ぎょっとする。
「っ、七搦……先輩」
「久しぶりだな。元気にしてるか?」
待ち伏せしていたのかと疑いたくなるほどのタイミングのよさだった。肩を抱いたまま顔を寄せてくる七搦、その重みに気分まで沈んでいく。
「……別に、普通ですけど」
「ふうん、一番ケ瀬の野郎と痴話喧嘩でもしたか?」
「っ、別に……なんなんすか、アンタ」
「おっと、そう怒んなよ。俺とお前の仲だろ?」
なにが仲だ、と思わず声を荒げそうになってしまうのを堪えた。まだ朝早い。流石に通路のど真ん中で揉めるつもりは七搦にもないようだ。
七搦はにやついたまま「つれねえな」と笑った。以前の苛ついた七搦とは正反対だ、寧ろ上機嫌ですらある七搦になんとなく嫌な予感を覚える。
「一番ケ瀬に随分と可愛がられてるらしいな、大変だろ? あの性悪男の相手は」
「……そんなこと、わざわざ言いに来たんですか」
「まさか。そんなに暇じゃねえよ、四軍に構ってるほどな」
だったらなにが目的なのか。まさかまた一番ケ瀬になにかちょっかいかけようとしているつもりか。
いつの日かのことが頭を過り、思わず身構える。そんな俺に気付いたらしい、七搦は「は」と鼻を鳴らすのだ。
「そんな警戒すんなよ。それとも、新手の誘いか?」
「誰が……ッ」
「まあいいや。なあ、八雲のやつ見かけてないか?」
「――え」
まさかここであの腹黒男の名前を出されるとは思っていなかった。
というか、何故俺に聞くのか。
「……見てませんけど」
「ふーん、あそ。じゃあいいわ」
「……なにかあったんですか?」
別に関わる必要なんてないとわかったが、なんとなく気になった。
一番ケ瀬も帰ってこないし、八雲も姿を消している?
どうしても嫌な予感が頭を過るのだ。
しかし、七搦の反応はというと冷たいものだった。
「お前には関係ねえだろ。それともなんだ? 今度は八雲探しに付き合ってくれんのか?」
そう冷ややかに笑う七搦に思わず俺は後退った。あの日と同じだ。けれど決定的に違うこともある、俺はあの日を経験している。
流石に同じ過ちを繰り返すほど愚かではない、と思いたい。「違います」と声をあげれば、七搦は「だろうな」と俺から顔を離した。
「一番ケ瀬のやつなら生徒会室にいるかもな」
「え……」
「あいつに会いに行くんだろ? 朝方まで付き合わされてこっちは疲れてんだ、恋人ならしっかり手綱握っといてくれよ」
ふあ、と大きなあくびを噛み締め、七搦はそのまま俺の横を通り抜けてだるそうに歩いていく。
……本当になにもされなかった。
期待なんてしていたわけではないが、執拗に絡まれなかったことに少しだけ驚いた。
それにしても、やはり生徒会室にいるのか。
七搦と別れた俺は再び生徒会室へと向かうため、足を踏み出した。
――生徒会室前。
朝方ということもあってか学園内の通路は酷く冷たく、静かだった。
七搦曰く、一番ケ瀬がここにいるという話だったが人の気配すら感じない。
ここに来たのはあの日、生徒会長様に呼び出されたとき以来だ。
なんだか落ち着かない気持ちのまま、俺は恐る恐る生徒会室の扉をノックする。が、どれほど待っても扉の向こうから反応が帰ってくることはなかった。
「……?」
一番ケ瀬のやつ、いないのだろうか。
今度はそのドアノブに手をかけたが、扉は施錠されているらしくビクともしない。
もしかして一番ケ瀬と入れ違いだったか。もう帰ってるのかもしれない。そう考えながらももう一度念の為扉をノックしようとしたときだった。
背後、扉に自分のものではない影が浮かぶのを見てハッとした。
咄嗟に振り返ろうとしたときだった、いきなり背後から伸びてきた手に口を塞がれた。
「っ、ふ、う゛……ッ!!」
誰だ、と確認するよりも先にそのまま首に腕をかけられ、締め上げられそうになる。器官が圧迫され、息苦しさに全身が強張った。
四軍に落ちてから、いきなり襲われることには慣れていた。それでも、いきなりこんな風に首を締められることはなかったから驚きよりも恐怖が勝る。
「ん、う゛……ッ!」
そのままズルズルと体を引きずられ、通路の奥にある物置部屋に連れ込まれるのだ。
目の前にいたのは見覚えのない生徒だった。俺が声を上げれないように腕を噛ませたまま、男はそのまま人の体を撫であげる。
「っ、ぅ、う゛……っ!」
――気持ち悪い。
こんな風に見ず知らずの人間に体を触られるのはあの日輪姦された日以来だった。
背後から抱き竦められ、耳に吹き掛かる生暖かな吐息、それから無遠慮に胸を揉みしだく手に血の気が引き、全身が粟立つ。
「っ、ふ、ぅ゛」
項をべろりと舐められた瞬間、全身が震えた。
やめろ、と咄嗟にその腕に思いっきり噛み付いたときだった。舌打ちした男にそのまま胸ぐらを掴まれる。そして次の瞬間、乱暴に頭を壁に叩きつけられ、目の前が真っ白になった。
「ッ、ぐぅ゛……ッ」
キン、と全ての音が遠くなる。揺れる視界の中、一瞬全ての神経が麻痺し、動けなくなる俺を見た男はそのまま俺の服を脱がそうとしてくるのだ。そこではっとし、再び抵抗しようとすれば今度は躊躇なく頬を殴られる。
「っ、ぅ゛、く……ッ、う゛」
運動部か、見た目からして俺よりも体格はいい。そんな相手に殴られて見ろ、誰だって怯む。
それでもこのままではまた酷い目に合う。分かっていたが、また殴られるかもしれないと思うと下半身から力が抜け、震えが止まらない。
「っ、……ぅ、い、やだ……っんん」
やめろ、と声を上げるよりも先に唇を塞がれる。見ず知らずの男にキスをされながら、服を乱暴に脱がされていく。開けたシャツの下、直に胸を撫でられるだけで下半身がびくりと震えた。
――一番ケ瀬、一番ケ瀬。
助けてくれ、なんて俺がいえた立場ではないとわかっていた。それでも、あいつの顔が頭を過ぎってしまう。
力いっぱいに突起を潰され、「ん゛ん」と痛みのあまりに声が漏れる。無遠慮に侵入してきた舌先に咥内をべろべろと舐め回されては、今度は恋人にするみたいにねっとりと舌を絡め取られてただ嫌悪感のあまり打ち震えた。
「っん、ぅ……ッ! ぅ……っ」
すり、と股の間に差し込まれた膝小僧に下腹部を押し上げられ、呼吸が止まりそうだった。
全ての音が遠くなる。少しでもキスを拒もうとすれば下半身を潰されそうになり、ひたすら受け入れることしかできなくなる。
そのときだった、壁越しに物置部屋の外から足音が聞こえてきた。
もしかして、と考えるよりも先に俺は殴られるのを覚悟に必死に壁を蹴る。瞬間、舌打ちした男に思いっきり腹を殴られ、堪らずえずいたときだった。音に気付いた足音がこちらに向かってくる。
そして、ガラリと扉が開いた。
「な……」
そこにいたのは俺がまさに探していた相手だった。
物置部屋の中、名前も知らない男に襲われていた俺を見つけた一番ケ瀬の顔から表情が消え失せる瞬間を確かに見た。
一番ケ瀬の目が、俺と目の前の男に向けられる。痛みのあまり歪む視界の中、確かに一番ケ瀬は俺を見ていた。
「ッ、ん、ぅ……ッ」
――一番ケ瀬、助けて。
そう声を上げる暇もなかった。
一番ケ瀬がやってくるとは思わなかったようだ、舌打ちをする目の前の男。そして男が逃げ出そうと俺を放り出すよりも先に一番ケ瀬が動いた。
「っ、ぅ、ぐ……っ!」
躊躇なく一番ケ瀬はその男の横っ面に握り締めた拳を叩き込んだ。
骨同士がぶつかるような嫌な音がして、咄嗟に俺は目を瞑り、咄嗟に顔を逸らす。男がなにかにぶつかって倒れたようだ、短い悲鳴とともに棚から何かが落ちるような音が聞こえた。
「っ、は、ぁ……ッ、い、一番ケ瀬……ッ」
薄暗い物置部屋の中は広くはない。積まれた物にぶつかろうがお構いなしに倒れ込んだ男の体の上に馬乗りになった一番ケ瀬は、硬く握り締めた拳をそのまま何度も振り下ろした。
「っ、一番ケ瀬、も、もういい……やめろ」
打ちどころが悪かったのか、ろくな抵抗すらもできていない男の顔を殴る一番ケ瀬に恐怖を覚える。声をかけるが、俺の声は届いていないようだ。構わず鼻血で汚れた男の顔面を殴りつけようと振り上げたその腕に、咄嗟に俺はしがみついた。
そこでようやく、一番ケ瀬は俺の方を見たのだ。
「……っ、一番ケ瀬、そいつ、死ぬ」
「……十鳥」
なんて顔をしているのだ。
浅く呼吸を繰り返す一番ケ瀬。まるで『なぜ止めるのだ』と言いたげな顔をしていたが、俺の様子に気付いたようだ。そして次の瞬間。
「――これは、どういうことだ」
物音を聞きつけたのか、複数の足音が聞こえてきたと思った次の瞬間。開いたままの扉の外から聞こえてきたその低い声にぶるりと背筋が凍りついた。
そこに立っていたのは、生徒会長――九重と、そして八雲だった。きっちりと制服に身を包んだ二人はこちらをみて、冷たい目を向けるのだ。
「説明しろ、一番ケ瀬」
おや、と肩を竦める八雲。そしてその隣、九重は眉間に深く皺を刻んだ。
――最悪なタイミングだった。
一番ケ瀬は俺のことを助けてくれたことには間違いない。それでも、床の上で顔面血まみれで倒れている男をみてしまえば『やりすぎ』だと思わざる得ない。
そして、九重も同じように受け取ってしまったのだ。
「かい、ちょう……」
「すごい物音が聞こえてきたと思ったら、なるほどね。まあ詳しい話は後でゆっくり聞いたらいいじゃないか、九重君」
八雲はそう九重の肩を軽く叩き、それから俺たちの元までやってくる。
そして、八雲は俺の前に座り込むのだ。
「十鳥君、だったかな? ……君も酷い怪我をしてるようだ。保健室に連れて行くよ」
返答を待つよりも先に、伸びてきた八雲の手に体を抱き起こされる。「待ってください、八雲先輩」と慌てて止めようとする一番ケ瀬を制し、八雲は伸びていた男を指差した。
「君はそっちだ。……九重君、先に彼を保健室に連れて行ってくるよ」
「ああ」
「応援は?」
「必要ない」
そ、と短い会話を交わし、八雲はそのまま俺を引きずって行くのだ。一番ケ瀬が最後までこちらを見ていた。俺は「大丈夫だ」と小さく呟くことが精一杯だった。
最早八雲に抵抗する気力も、逃げる気力もなかった。
二人を残していいのか分からなかったが、それでもあのままあの場にいたところでどうすることもできないとわかっていた。
なにより、一番ケ瀬にどう接していいのか俺自身が一番わからなかったのだ。
「災難だったね、君も」
物置部屋から離れ、エレベーターを使って下の階へと降りていく。この時間帯はまだ保健室に養護教諭はいないだろうからとこちらから養護教諭に連絡をいれた八雲は俺に目を向けた。
「それから、あいつも」
「……一番ケ瀬は、なにもしてない」
「なにもしてないは無理があるよ。今まで上手くやってきたみたいだけど、流石にこれは擁護しようがないね」
くす、と笑う八雲はまだ猫被りモードのようだ。それでも、言葉の端々から滲むのは一番ケ瀬に対する心配というよりも『楽しさ』の方が近い。
俺はそれ以上なにも言えなかった。返す言葉も見つからなかったのだ。
一番ケ瀬はそんなやつではない、といえばいいと分かっていた。
けれどさっきの一番ケ瀬をみた時、確かに俺は一番ケ瀬に対して恐怖を抱いた。それ以上に、まるであいつがあいつではないみたいに目に映ってしまい、俺にはもうなにもわからなかったのだ。
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