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【後日談+一番ケ瀬視点】一番ケ瀬という男について。

 十鳥文也の話をしよう。  あいつはうちの学園ではちょっと浮いたやつだった。自信に満ち溢れ、如何に自分が、はたまた自分の家が素晴らしいものかを胸を張って自慢するような連中ばかりが多い中、あいつは一般家庭の出の所謂庶民枠ってやつだった。  成績も中の下、目立つこともしなければわざわざ人から嫌われるようなこともしない。のらりくらりと生きていて、周りでなにが起きようとも我関せずという立ち振る舞いを取っていた。  この年頃になればそういう擦れた連中も別段珍しいわけではない。それでも俺の目についたのは、あいつがいつも一人でいたからだろうか。  初めて出会ったのはこの学園の入学式だった。  俺が生徒会に入ることは既に約束されていたことだった。中等部の頃から生徒会には入ってたことが大きかったが、現生徒会の人間もほぼ顔見知りのようなものだ。  なにもかも型にはまった学園生活に不満があったわけではない。けれど、いちいち感情が昂ることもない。  スポーツも勉強も嫌いではないが、のめり込むような熱量もない。恋愛したらいいと八雲先輩に言われて試したが、自分にはハマらなかった。というよりも、声をかければ最初から色目を使ってくるようなやつらしか俺の周りにはいなかった。  最初から堕ちてるようなやつらをどうこうしたところでなにも楽しくない。七搦の馬鹿はセックスだの女遊びだの耽っていたが、女相手は相手の家と揉めたときが面倒だ。他校の女子も試したが、舞い上がった女子は周囲に適当なことを言いふらすから嫌いだった。 「お前は趣味を見つけたほうが良い」 「趣味、ですか」 「そうだね、一番ケ瀬君ならなんでもひょいと簡単にこなせてしまいそうだけど」 「色々試してはいるんですけど、どうにも熱中するまではいかなくて」 「うーん、なんでだろうね。九重君もそういうところあるけど、真面目すぎるのかな」 「俺の場合は美術鑑賞という趣味がある。けど、お前にはそういう趣味はないのか」  美術鑑賞。九重先輩らしいと思った。  本人の美的センスはともかく、休日に足繁く美術館に通う九重は確かに楽しそうだ。  ……けれど、俺には向いていないと分かっていた。何かを見て感動すること自体稀有なことで、これは幼い頃からの性癖のようなものだった。  心を揺さぶられることはない。感情移入することもできない。冷たくて詰まらないやつだと身内には何度も言われてきたし、慣れていた。 「……やっぱり、俺には難しいみたいですね」 「まあ高等部に上がればまた世界が変わるよ。焦らずゆっくり好きなことしてみればいい」 「八雲先輩」 「八雲の言う通りだな。それに、もし無趣味だとしてもそれを恥じることはない。お前は十分優秀な生徒だしな」 「ふふ、九重君まるで教師みたいなことを言うよね」 「……放っておけ」  適当に相槌を打ち、二人の先輩の言葉を聞き流しておく。この話題だってただのトークテーマだ、本気で趣味を探そうとも思っていない。  ただ、生活を潤すものがあれば俺は変わることができるのだろうか。そんなほんの好奇心だ。  新しい高校生活の下準備というわけではないが、これから過ごす学園の下見はしておこう。  やつらと別れた俺はそのまま無人の学園内を探索していた。そんなときだった、迷子になっていたあいつと――十鳥と出会ったのは。  第一印象は特にない。ただ、『迷子になってんだろうな』ということは一目で理解できるほど分かりやすいやつだった。 「なあ、どうしたんだ?」  だから声をかけてやった。  あいつは驚いたような顔をして俺を見たあと、やや早口で「学生寮はどこだ」と口にしたのだ。  それが俺と十鳥の初めての会話だ。  次に会ったのは教室だ。あいつは俺のことを覚えてなかった。別に期待していたわけではない、俺がただ記憶力がいいだけだ。ただ一人のクラスメイトだった。周りの誰とも仲良くなろうともせず、十鳥はいつも一人で本を読んだりスマホをいじったり眠ったふりをしていた。  周りに馴染めないのではなく、馴染もうとすらしていない。そのくせ明らかに自分が浮いているという自覚と、居心地の悪さは感じている。恐らく、極端に不器用なのだろう。あまりにも立ち回りが下手すぎる十鳥を眺める日々は続いた。  暇つぶしという程ではない。既に頭に叩き込んだ教科書の内容をわざわざ習うという無駄な時間を過ごすより、十鳥が教科書の隅に書いてるよくわからない落書きの進化過程を見守ってる方が俺にとっては有意義だった。  まともに会話したことない。別に仲良くなりたいわけではない。  それでも、無関心のほんの少し上をいくくらいのそんな関心を他人に抱いたのは久しぶりだった。  気がつけば十鳥の背中を見ていた。短めの髪から覗くピアスすら空いていない処女耳だとか、運動部連中の日焼けした肌とは程遠いやや不健康な色の肌とか、とはいえど極端に細いわけでもなよなよしているわけでもない。骨ばった指、汗の滲んだ項。色気とは程遠いそれらに何故だが惹きつけられる。  恐らく、他人の目を気にしていないのだろう。  俺は周りからの目を常に意識して生きてきた。他人からどう見られるか、笑い方、口の開け方、目線、手の置き方、そんな仕草一つで全てが印象付けられる。けれど、この男はそれを知らない。無防備に自分を曝け出してる。俺が見ていることも知らずに汗で濡れた肌を拭って、教科書と睨みつけあってる。 「……あ」  授業中、生まれてこの方勃起したことなどなかった。  もっと言えば、他人にムラムラすることなんて以ての外。  ――十鳥文也に欲情した。  恐らく八雲先輩が言っていた恋愛感情とは程遠い、身勝手で一方的な性的欲求だ。  この、周りに興味なさそうな澄ました顔の男を俺だけしか考えられなくなるようにするにはどうしたらいいだろうか。  告白?いや、絶対にこいつは受けない。寧ろ距離を取られるだろう。他のミーハーな連中とは違う。  だったら、どうすれば。  かちりと手にしていたシャープペンシル、その先端から芯が折れる。 「……」  一度その芯を折って、全てを一から作り変えればそれは可能ではないのか。  けれど、俺が自分の手を汚すのはナンセンスだ。十鳥に好かれるためにも、悪役は必要で……。  授業中、そんな夢想を延々と繰り広げていた。  久しぶりに時間を忘れてなにかに熱中することができた。  名前くらいしか知らないただ一人のクラスメイトをめちゃくちゃにする計画。これは俺以外の誰にも口外することはないだろう。  つまらない三年間になるだろうと思っていたが、少しは暇潰しにはなるかもしれないな。  そんなことを考えながら、俺は授業終了のチャイムと同時にシャーペンを置いた。  ◆ ◆ ◆ 「一番ケ瀬君、最近楽しそうだね」 「そう見えますか?」 「ああ、なにかあったのかい」 「いえ、別に。……ただ」 「ただ?」 「気の合う友達が出来たっていうか……いちいち言うのも照れくさいんすけど」 「ふふ、いいじゃないか。恥じることはないよ」  今更ではあるが、いちいち最初から説明するのも面倒だ。適当に誤魔化せば、八雲は微笑む。  十鳥のやつは恐ろしく単純で、あいつの中に入り込むのも簡単だった。最初は渋い顔をされたが、何度か話してる内にあいつはすぐに心を開いた。  元々、周りとの価値観の違いに合わないだとかそんな理由で周りとのコミュニケーションを最低限で済ませていたという。俺とは合うと十鳥は笑っていたが、逆だ。俺が合わせてやっているということをあいつは知らない。  それでも適当に話しておけば勝手に友達認定くらいはされるようになっていた。  けれど俺は、ただのお友達ごっこがしたかった訳ではない。  次の段階に上がるためのきっかけが必要になるな、なんて考えているとき、生徒会室の九重会長のデスク。その上に散らばった書類を一瞥する。  新カースト設立案、と書かれたその書類から目を逸した俺は緩みそうになった口元抑えた。  ――これだ。  ただ三軍に落としたところでただ大衆に紛れるだけだ。もっと派手な舞台装置を、逃げられなくなるようなシナリオを、あいつが俺だけを見てくれるようにして、尚且つ、あの涼し気な顔をぐちゃぐちゃにする方法――なければ作り出すしかない。  この先のことを考えて自然と胸が踊る。沸き立つような興奮を抑え、俺はここにはいない十鳥のことを考えていた。 「なんだあ? あいつ、一人でニヤニヤしやがって」 「好きな子でもできたのかな」 「まっさか、できるわけねーだろ。あのサイコパス野郎。人の女もつまみ食いだけして捨てたんだぞ」 「七搦、お前はまたそんなことばっか言って……それに、お前の女ではなかっただろ」 「なる予定だったんだよ、クソ」  ◆ ◆ ◆  ――俺の計画は一寸の狂いもなかった。  ――全ては思うがまま、思い通りの未来が俺の手に入ったのだ。 「っ、い、ちばんがせ……っ」 「……十鳥、どうした?」 「も、……っ、休ませてくれ、頼むから……」  会長用のデスクの上、四つん這いになりこちらに臀部を向ける十鳥に生唾を飲み込む。  腫れ上がり、内側の肉がめくれてピンク色の肛門が酷く生々しく、興奮する。普段の顔からは想像できない男に犯されてきたその体は俺の最も求めていたものだった。  無意識なのか、微かに内股になっているところも可愛い。「駄目だ」とその尻に手を這わせれば、十鳥は大きく肩を震わせた。 「っ、や、一番ケ瀬……」 「お前、どんどん女みたいな声出すようになったな。……それって無意識か?」 「……ッ!」 「……は、その顔。やっぱ気付いてなかった?」  可愛い、とその尻にキスをし、逃げようとする腰を捉えて無理矢理引き寄せる。少し強く吸い上げ、痕を残せば、十鳥は「一番ケ瀬」と声を震わせるのだ。 「逃げるなよ、十鳥」 「っ、ぅ、んん……ッ」 「約束したのはお前だろ、もう俺を裏切らないって」  物理的な鎖なんかよりもよっぽど、罪悪感という鎖は強固でより雁字搦めにすることもできる。  柔らかくなった肛門に取り出した性器を押しつければ、十鳥の腰が震えた。怯えた目も悪くはない。けれどもっと、セックスに夢中になって前後不覚になったときの蕩けたあの顔が好きだった。 「ぁ、あ……ッ」  一月も経てば俺の性器の形になっていた。絡みつくような粘膜の熱に包み込まれていく感覚は他に変えようがない。ただの性処理の性行為ではない、ずっとここまで手塩にかけて育ててきた俺の可愛い俺だけの理想の肉便器。 「っ、十鳥……っ、好きだ……愛してるぞ」 「ぃ、う゛っ、あ゛……ッ!」 「もう二度と、浮気なんてすんじゃねえぞ……ッ!」 「し、ない、しないから……っ! ひ、う゛……ッ!」  肉が溶け合う。生徒会室に濡れた音が響き渡った。  あんな数カ月を過ごせば性依存になることも分かっていた。保守的な十鳥のことだ、それでもよく保った方だと思ったし、簡単には壊れてしまわなかったのはやはり俺の見込んだ十鳥だと言うべきだろう。  そうでなくてはつまらない。  優しくされることに満足にできないほど徹底的に叩きのめしてもらう。それは俺の役目ではない。俺は十鳥にとって唯一の存在でなければならない。十鳥に愛されるには――。 「……っ、……は」 「っ、いち、ばんがせ……ッ?」 「……悪い、なんでもねえわ」  腕の下、いきなり動きを止めた俺を心配そうに見上げてくる十鳥の頭をわしわしと撫でる。最初打たれるとでも思ったのか、びくりと肩を震わせた十鳥だったがすぐに大人しく俺の手を受け入れた。こわごわと目を閉じ、体を預けてくる十鳥を抱き締め、そのまま俺は再び抽挿を再開させた。  別に、愛される必要はなかったか。  友達のままでも俺の願望は達成される。――けど、まあ、難易度は高い方が燃えるって言うし……まあいいか。  そう自分に言い聞かせながら、俺は十鳥の額にキスを落とした。  今のところ、こいつを手放す予定はない。  おしまい

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