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第71話
「何も知らないなら無責任な事を言っちゃだめだよ。こういう事って、周りじゃなくて当事者が決めることだろう。」
泣き出しそうなナオキを宥めるように、言葉を選びながら慰める。そして、
「仮に君の言うように渉が俺をまだ好きだったとしたら、黙って出て行かないだろう。連絡一つ寄越さないってことは、やっぱりもうダメなんだよ。俺も元に戻れるとは思ってないしその気もない。」
と、今の気持ちを言葉にした。
「そんな事、言わないで下さい。浩介さんだってまだ渉くんの事、忘れてないでしょ?僕も協力しますから。」
私が気持ちに蹴りを付けたというのに、ナオキの方が私より一生懸命なのが可笑しくて、
「そういうの、お節介っていうんだよ。」
と誂ってやる。でも、ナオキは負けずに食い下がった。
「お節介だと思われても良いから、だから、一度会ってください。渉くんに。」
「でも俺が会うつもりになったって、渉が会うと言わなければ会えないんだから。」
「じゃあ、僕が二人を会わせます。だから、逃げないで会って下さい。」
ここまで必死になるには、何か訳があるのだろう。そしてきっと何か知っている。でもナオキが言えない事情があるなら、無理矢理言わせる事は出来ないし、私は知る必要はない。否、知りたくない訳ではないんだ。単に強がりだと自分でも分かっている。だから、本心では、ナオキに縋りついて、土下座してでも、渉が何故出ていったのか教えてほしいと言いたいのに、それは出来なかった。
「ごめんね。俺たちの事を思って言ってくれてるのに、期待に答えられなくて。でも、俺も散々悩んだんだ。半年近く、本当に苦しかった。だから、そろそろ終わりにしたいんだよ。環境変えてやり直したい。完全に吹っ切ることが出来ないのは分かってる。まだ、暫くアイツの事を忘れられないだろうけど、俺もそろそろ前向いて歩かないとね。それに、俺は大丈夫だから。忘れられないけど、もう諦める事は出来たんだ。だから、静かに見守って欲しいんだよ。」
ナオキの背中をさすりながら宥めていると、
「ごめんなさい。浩介さんの気持ちも考えないで勝手な事言って。でも、…………僕、渉くんの事好きですけど、浩介さんの事も好きです。だから、幸せで居てほしいんです。」
と泣き出してしまった。
結局帰り際まで、何故か私がナオキを落ち着かせ励まして………絶対また来てくださいね、と言う言葉に頷かされたのだった。
店の前でナオキと別れて、家に帰り着くともう22時を回っていた。どっと疲れが出て、ソファに座る。しかし、行く前に感じていたような嫌な気持ちにはならなかった。思っていた以上にナオキとは距離が縮まった気がする。もう二度と会うこともないだろうと思っていたのに、また会うと約束してしまった程だ。もしかすると、私が今、一番素直に話ができる相手なのかもしれない。年下の相談役というのも悪くないかもしれない。
さっきはナオキに頑なに、渉には会わないと言ったけれど、会ってみても良いかも知れないと思った。またナオキから話があれば、受け入れてみても良いかもしれない。それも結局渉次第だけど、渉が会いたいと言ってくれるなら、それでも良いと思った。
私が引っ越すと知ったら、渉は何と言うだろうか。まだ引っ越してなかったのかと呆れるだろうか。
ふと、ナオキが言っていたことを思い出す。
『渉くんは何処に帰れば良いんですか?』
渉に帰る場所があるのは知っているんだ。だからその心配はないんだよ、と心の中で呟いてみる。そして、私も自分だけの帰る場所を見つけたんだ。だからもう、大丈夫。
そう自分に向かって呟いて、新居の間取り図を手に取った。
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