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第70話
「今日はありがとう。話を聞いてもらえて、気持ちの整理もできた。お陰ですっきりしたよ。」
私が素直に礼を言うと、それは良かった、とナオキは嬉しそうに笑った。それから帰り支度を始めた私を見て、
「僕、直ぐに片付けしますので、ご飯、食べに行きましょうよ。」
と誘う。しかし、まだ週の真ん中だ。気持ちが晴れたとは言え、少し疲れてもいたし無理はしたくなかった。
「いや、もう帰らないと。明日も朝から会議なんだ。でも、片付け終わるまで待つから、一緒に出よう。」
と言うと、ナオキは少し残念そうにしたが、直ぐに片付けますね、と店の奥に走っていった。
一緒に……と言った後で、らしくない意外な言葉に我ながら驚いた。普段ならこんな事を言わないだろうに、今日は、きっとナオキのペースに乗せられて、ついそんな事を思ってしまったのだ。でも、それならそれで良い。らしくないとしても、今は気分が良かった。
鼻唄を歌いながら奥の片付けを終えたナオキが、箒を手に、こちらに戻って来て、
「忙しいんですか?」
と床を掃きながら言う。
「うん、まぁね。仕事は冬休み前にある程度終わらせとかないと、年明けたら年度末に向けてとにかく忙しくなるばっかりだからさ。それに家の片付けもしないといけないし。仕事も家も忙しいんだよ。」
そう私が答えると、
「家の片付けって何ですか?年末の大掃除にしては早くないですか?」
ナオキが箒を片付けをしながら何気ない調子で返した。
「君には…言ってないか……実は年内に引っ越すんだ。だから、荷物をまとめたり捨てたり、バタバタしてるよ。まぁ、そんな訳で申し訳ないけど、この店に来ることももう無くなると思うんだよね。せっかく仲良くなれたのに、残念だけど。ごめんね。」
私が頭を下げると、ナオキが驚いた声を出した。
「えぇ、何で引っ越すんですか?」
「何でって……そろそろ、二人分の家賃もきついしさ。それに、渉の事も区切りつけないとね。」
と笑ってみせる。
すると悲愴に満ちた表情でナオキが小さく叫んだ。
「…でも、浩介さんが引っ越しちゃったら、渉くんは何処に帰れば良いんですか?」
ナオキの言葉に耳を疑った。帰ってくる……?帰る場所……?どういう意味で言っているのだろう。全く話が読めなかったが、不意に一つの疑問が浮かんだ。
「渉から……なにか聞いてる…の?」
しかし、ナオキは首を横に振りながら、
「…………特には。」
と答える。急に声が小さくなったナオキに、静かに、私は問いかけた。
「なんか知ってるなら教えてくれる?」
少し躊躇ったが、
「……ただの勘です。」
と、やはり小さな声だった。
「僕、渉くんが浩介さんを捨てるなんて、絶対ないと思います。いつも腹が立つくらい惚気けてばっかだったんですよ。だから、渉くんにも何か事情があると思うんです。」
ナオキがこちらを真っ直ぐ見て、涙を浮かべて真剣に話している。しかし、その『事情』があるなら知りたかった。
「事情って?本当は渉から何か聞いてるんじゃないの?」
「聞いて…ないです。本当に。…………でも絶対、渉くんは浩介さんを嫌いになってません。だから、一回会って話したほうが良いと思うんです。……ね。」
遠慮がちにではあるが、ナオキも引くつもりはないらしい。それに含みを持たせた言い方をして、なにか知っていると言っているようなものなのに、ナオキは話すつもりはないらしかった。
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