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第3話
「ヴァイスリッター!!」
ギュッと心臓が鷲掴まれた。その名でまた呼ばれた。
「俺は」
そんな名前じゃない。
言いかけた時。
「まさか、記憶が……」
隠しきれない驚愕と困惑の瞳で見つめられて、何も言えなくなってしまった。
「頭を強く打っていましたね……」
そっと手を伸ばすと、頭に包帯が巻かれている。
怪我をした覚えはないし、特に痛みはないけれど。
「あの」
黒い革手袋の冷たい指先が、そっと唇に触れた。
「混乱されているのは、よく分かりました。今から私の質問に答えて頂けませんか」
有無を言わせない目に、こくりと頷いた。
「では、あなたの名前を仰って下さい」
「……礼斗 」
「そうです。あなたは誉れ高き空の騎士・騎士団長ライト・クロヴィウス様です」
俺、黒宮礼斗 だけど……
「えっと?」
「いえ、何でもないです」
話が進まないから、ライト・クロヴ……うっ、舌噛んだ★
一先ず、舌噛みそうな名前という事にしておこう。
「それでは、私の事は分かりますか?」
金髪の青年……
誰だろう?
「お答えがない……という事は分からないのですね」
睫毛を伏せた面持ちに胸が詰まる。
俺を心配して、ずっとそばにいてくれたのだろう。なのに誰だか分からないなんて。
「……すみません」
「どうか謝らないで下さい。あなたが悪い訳ではありませんよ」
あっ……
(謝ってしまった事で、余計傷つけてしまった)
穏やかに優しく振る舞おうとする瞳が揺れている。
「クレイ。空の騎士団・副団長であり、あなたの補佐官です」
「クレイ……さん」
「名前を言ったら俺の事、少しは思い出してくれるかなって思ったけど、望み過ぎですね……」
「あのっ。思い出せないけど、でもクレイさんに親切にして貰って助かっています。ありが……」
儚い瞳が声を奪った。
俺はまた、この人を傷つけてしまった?
でも、どうして?
この人の胸の鼓動は速くて、熱くて、ドキドキしているんだろう……
俺、強い力……
強い腕の中……
「クレ…イ…さん……」
クレイさんの腕の中で、俺の心臓もドキドキしている。
なんで?
どうして?
俺ッ
「……黙りなさい」
降り注いだ声は、甘く悲しく切なかった。
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