3 / 50

第3話

「ヴァイスリッター!!」  ギュッと心臓が鷲掴まれた。その名でまた呼ばれた。 「俺は」  そんな名前じゃない。  言いかけた時。 「まさか、記憶が……」  隠しきれない驚愕と困惑の瞳で見つめられて、何も言えなくなってしまった。 「頭を強く打っていましたね……」  そっと手を伸ばすと、頭に包帯が巻かれている。  怪我をした覚えはないし、特に痛みはないけれど。 「あの」  黒い革手袋の冷たい指先が、そっと唇に触れた。 「混乱されているのは、よく分かりました。今から私の質問に答えて頂けませんか」  有無を言わせない目に、こくりと頷いた。 「では、あなたの名前を仰って下さい」 「……礼斗(らいと)」 「そうです。あなたは誉れ高き空の騎士・騎士団長ライト・クロヴィウス様です」  俺、黒宮礼斗(くろみや らいと)だけど…… 「えっと?」 「いえ、何でもないです」  話が進まないから、ライト・クロヴ……うっ、舌噛んだ★  一先ず、舌噛みそうな名前という事にしておこう。 「それでは、私の事は分かりますか?」  金髪の青年……  誰だろう? 「お答えがない……という事は分からないのですね」  睫毛を伏せた面持ちに胸が詰まる。  俺を心配して、ずっとそばにいてくれたのだろう。なのに誰だか分からないなんて。 「……すみません」 「どうか謝らないで下さい。あなたが悪い訳ではありませんよ」  あっ…… (謝ってしまった事で、余計傷つけてしまった)  穏やかに優しく振る舞おうとする瞳が揺れている。 「クレイ。空の騎士団・副団長であり、あなたの補佐官です」 「クレイ……さん」 「名前を言ったら俺の事、少しは思い出してくれるかなって思ったけど、望み過ぎですね……」 「あのっ。思い出せないけど、でもクレイさんに親切にして貰って助かっています。ありが……」  儚い瞳が声を奪った。  俺はまた、この人を傷つけてしまった?  でも、どうして?  この人の胸の鼓動は速くて、熱くて、ドキドキしているんだろう……  俺、強い力……  強い腕の中…… 「クレ…イ…さん……」  クレイさんの腕の中で、俺の心臓もドキドキしている。  なんで?  どうして?  俺ッ 「……黙りなさい」  降り注いだ声は、甘く悲しく切なかった。

ともだちにシェアしよう!