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第3話 愛しの恋人
「ラヴア。僕は、おまえがそうやって僕のやり方を尊重してくれるのがたまらなく嬉しいんだ。だから、もしラヴアがそうしたいと思ったときには、僕もラヴアの星の流儀に合わせるから、正直に言えよ?」
「流儀って、セックスの?」
「そう」
「分かった。でも、僕は自分の星のやり方では経験がないから……おまえとのセックスがすべてで、正解だ」
「経験がなくたって知識はあるだろう? ラヴアの星にだって性教育とか」
「あるけど、そもそも僕らは生殖を目的としないセックスはしないし、妊娠率が極めて高い上に多胎がほとんどだから、生涯でそう何回もセックスしないんだ。せいぜい一、二回」
「そ、それだけ?」
「だからこれも僕の星にはない」
ラヴアが指差したのはコンドームだ。異星人間のセックスで妊娠するかどうかは不明だが、雌雄同体のラヴアの身に何か起きてはいけないと思い、念のためいつも付けるようにしている。
「快感のためにこういうことをするのは、地球人が野蛮な証拠なのかな」
「違うと思うよ」ラヴアは僕に絡みついてきた。「僕らの先祖は知ってたのさ。この快楽を知ってしまったら、ほかに何もしたくなくなるって。だからタブーのように教え込んできたんだ」
「その禁欲のおかげで文明が発達したってわけか」
「でも、馬鹿みたいだ。この歓びを一度や二度経験しただけで、こどもを生んだらすぐに死んじゃうなんてね」
「そうか……。えっ? 出産したらすぐに?」
「そうだよ? 地球の生物で言ったら昆虫や魚類みたいなものだね。地球人より知能は高いかもしれないけど、人生はずっと短い。平均寿命は地球の単位で言えば三〇年にも満たない」
「ラヴア、でも、おまえは大丈夫だろう? えっとほら、僕といる限りは、妊娠も出産もしないわけだし」
「さあ、どうだろうか。前例がないからなんとも言えない」
そんなことを言われてしまっては返す言葉もない。
地球人が出会った、はじめての異星人。そんな彼を独占している僕だけれど、彼のためにできることなど何もないのだ。ントリェスーがふるまう故郷の料理ほどにも、彼の慰めにすらならない。
「星に帰りたいと思うことはある?」
「ないと言ったら嘘になるけど、帰らないつもりで地球に来た。それに、おまえと抱き合っているときはそんなこと思わない。ただ……」
「ただ?」
「僕が死んだら、体の半分は地球に、半分は僕の星に連れて帰って欲しい、かな。地球では火葬にして骨だけにするんだっけ」
「……日本ではそうだけど、火葬しない地域もあるよ。焼かずに土に埋めたり、鳥に食わせたり」
「ああ、それは僕の星のやり方に近い」
「鳥葬が?」
「僕の星にも空を飛ぶ生き物がいるんだ。白くて、美しくて。死んだ者はその生き物の生息地に安置されて、餌になる。最期はその生き物に食べられることが幸福とされてる」
「そうか」
おまえが死ぬ話なんて、そんな悲しい話をしないでくれ。そう言いたかった。でも、やがて必ず来るその日のことを聞きたくないと言ってしまったら、余計にラヴアを悲しませる気がした。
「じゃあ、僕も。もし僕が先に死んだら、半分はラヴアの星に連れて行ってくれ。おまえが生まれ育ったところを見てみたい」
「ントリェスーに頼んでおくよ。彼は星に帰る人だから」
「えっ。帰れるのか」
「僕は既に、体の至るところが、僕の星にはない様々な病原体に冒されてる。……ああ、地球人のおまえにとっては病原体ではないから大丈夫だ。でも、僕はもう生きたまま星に帰ることはできない。歩く病原体見本みたいなものだからね。ントリェスーは僕が送ったデータを元に抗体をつけてから地球に来た。だから問題ないんだ」
「そんな……」
「死ぬことを、土に還る、と言うんだっけ。いい言葉だよね。僕は僕の星と、地球の土に還りたい」
そんな会話を交わしながらも、互いを思いやり、愛し合い、一年が過ぎ、二年が過ぎた。僕のお陰で平均寿命はとっくに超えたと喜んでいたラヴアだったが、ある朝、ついにそのときが来た。
いつものように同じベッドで寝て、起きたら冷たくなっていた。地球人より平熱が低かった彼のことだから、最初はそうと気づかなかった。まだ少し温かい気すらしたのは、ずっと抱き締めていたせいか。
後から思い返すと、彼との日々はほんの一瞬のできごとだった。出会うはずのなかった二人が、人生のほんのひととき、止まり木のように互いを支えにした。僕はントリェスーにラヴアの遺した要望を伝えたけれど、やはり半分でも亡骸を地球に葬ることはできない、と言われてしまった。ラヴアは死んでなお重要なデータの宝庫なのだと説明されれば、どうしようもなかった。慰めのつもりか、ラヴアのお陰でこの先の異星間交流はより安全なものになるはずだ、とントリェスーは言った。
ならば、せめて。
「ラヴアが最後の任務を終えたら……そのときはせめて、おたくの星の白い鳥に食わせてやってくれるか」
ントリェスーは「白い鳥」の意味するところはすぐに分かったようだ。だが、答えは素っ気ないものだった。
「前例がないからなんとも言えない」
素っ気なくはあったが、その口調はどこかラヴアに似ていて、懐かしくも感じた。今思えば「お国訛り」のようなものだったのかもしれない。
「絶対に食わせてくれ。無理に口に押し込んででも」
「……できるだけの努力はする」
ラヴアでさえ無理なら、僕の遺骨の半分を彼らの星に、というのも無理だろう。だが、それに関してはさほどの落胆はなかった。僕の知っているラヴアは、地球で過ごしたラヴアだけなのだから。
僕は、僕の手元に残ったラヴアの遺品……僕が贈ったアクセサリーや、僕の好物のレシピを几帳面に綴ったノートなんかを遺骨の代わりに埋葬し、ラヴアの墓を建てた。
「僕が死んだら、隣に埋めてください」
僕らを引き合わせたお偉いさんに、最後の願いとしてそう伝えた。これでもう、地球一のVIPもお役御免だ。
ラヴア。
僕が彼をそう呼んだのは、ただ単に名前の末尾を取っただけじゃない。
ラヴアはLoverのもじりでもあった。
おまえは白い鳥に食われて遥か彼方の空へ還るのだろうか。僕が還るこの星の土とは違うけれど、いつかその魂は時空を超えて出会うはずだと願わずにいられない。
ラヴア。
Lover、僕の愛しい人。
その意味を最後まで伝えてやれなかったことだけが、たったひとつの心残りだ。
the end
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