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第2話 はじめての恋人

 そんなわけで、ラヴアとの同居生活は、言わば素敵な彼氏と新婚生活を送っているようなものだった。  そりゃあもちろん、最初はチグハグなこともあった。でも、ラヴアは決して自星のやり方を強要することはなく、「地球人はこんなときなんて言うの?」「地球人はこんなときどうしたら喜ぶの?」と僕の気持ちを率先して聞いてくれたし、言えばすぐにそれを覚えた。  外見だけでなく、すべてが「僕の好み」になっていくラヴアを見て、好きにならずにはいられなかった。けれど、同時に僕が地球人代表のように思われることが苦しくなっていった。「これは地球人全員の意見じゃない。僕の個人的な意見に過ぎないんだ。これで地球人を分かったつもりにならないでくれ。ラヴアが知っているのは、僕だけ、僕ひとりだけなんだ」と言ってしまったのは、同居生活開始から半年ほど経った頃のことだ。  ラヴアはいつものように無表情のままだったが、そっと手を伸ばしてきて、僕を抱き締めてくれた。 「分かってる。でも、それでいいんだ。僕が地球人のことを知りたいのは事実だけど、一番知りたいのはおまえのことなんだ。僕たちがうまくやれてるおかげで、地球とより深い友好関係を築くべきだという流れになってるし、これから僕の仲間たちが続々地球にやってくるよ。もっと深く、もっと広範囲に地球人のことが知りたければ、彼らがデータを取れば済むことだ。僕はおまえだけでいいんだ」 「ラヴア……」 「僕はおまえの特別になりたい。おまえにとっての、たった一人のラヴアになりたい。地球人はそんなときなんて言うの?」 「……愛してる、だよ。ラヴア、僕もおまえのことを愛してる」 「愛してる。愛してる。……それから?」 「それから、キスをする」 「ああ、そうだった。キスは知ってるよ。僕らが何より驚いた風習だ。だって、その、地球人にとってのキスって」 「分かってるよ。でも、どうしてもラヴアにキスしたいと言ったら?」  ラヴアが躊躇っている気配がする。わずかにその唇も蠢く。やがて覚悟を決めた声でラヴアが言った。 「……分かった、いいよ」  僕はラヴアの唇に自らの唇を重ねた。 ――いや、これは正確な表現じゃない。  僕はラヴアの肛門に、自分の唇を重ねたのだ。  二足歩行で、頭部があり、四肢がある。肉体の基本構造は内臓の種類を含めて地球人ととても似ている。それは事実だ。だが、決定的に違うことが一つ。口と肛門が逆だということだ。つまり、互いに「彼らは肛門から食べ物を摂取して、口から排泄する」という風に見えてしまう。そのせいで、どうしても相手の食事風景だけは見るに耐えない。それが背中合わせの食事の理由だ。  地球人が口として認識していたものは、彼らの性器及び排泄器官だった。これが明らかになったのは、なんと僕らが同居生活を始めてからのことだった。それまで外交の場でラヴアと会話を交わしていたはずの地球の要人たちは、ラヴアは腰のあたりに装着した、極めて高度な自動翻訳機――発話の際には脳波を読み取って相手の言語に翻訳して音声化するといったもの――を使って会話をしており、しゃべっている最中に表情筋が動かないのはそのせいだ、と思い込んでいたそうだ。しかし実際はラヴアは既に地球上の主な言語は習得しており、その音声は紛うことなきラヴアの口――地球人にしてみると股間――から発せられたラヴア本人の声だったというわけだ。  外見に関する部分なら容易でも、体内の消化器官の天地を逆にするほどの肉体改造はさすがに困難らしい。ちなみにラヴアの星の人々は雌雄同体で、「口」に見える孔がペニス・ヴァギナ・アヌスのすべてを兼用しているのだという。それにしてはペニスのような突起がないじゃないかと尋ねたら、そのときにはクリトリスに相当するものが勃起して用を為すそうだ。それは孔の内部にあり普段は見えないが、膨張率はすさまじく、いざとなれば巨根とも言えるサイズになる……という事実を実際に目の当たりにしたのは、もう少し後のことだけれど。  顔だと思っていたものが性器だなんて。そう知ったときには当然、驚いた。そうなると僕の要求した「好みの顔」を彼らは「好みの性器」と思ったわけで、なんだか恥ずかしい。……という話は置いておいて、思えば地球上にだって、やたらと性器周りが派手な色使いの動物なんかがいる。セックスアピールという意味では下着の中に隠しているほうが非効率的で、ラヴアの星の人々やそれらの動物のほうが「正しい」のかもしれない。排泄後の洗浄も歯磨きするように目視しながらできるから、勘を頼りにトイレットペーパーで拭くよりよほど清潔が保てる。  とは言っても、性器は性器だ。ラヴアにとってもそこは「特別な部位」だ。彼がキスを躊躇したのは、「肛門に口づけされるなんて」と思ったからに他ならない。だが、正直アナルセックスが「標準的なセックス」の僕としては、逆の立場になったことを想像してもそこまでの抵抗はなかった。フェラチオと同等の性行為は彼らにもあるそうだから、互いのアナルセックスとフェラチオの概念が逆転しているだけだと思えばいい。 ――と、楽観的に考えているのは僕だけだと知ったのは、それから間もなくのことだった。  それというのも、エリート街道を突っ走ってきたラヴアは同星の相手との恋愛経験がなく、誰かと一対一でじっくりとつきあうこと自体が僕がはじめてだったのだ。  ラヴアにとって、僕は「はじめての恋人」。そうと分かるとより一層愛しくて、キスから先のラヴアとの「はじめて」は丁寧に、ひとつずつ確認しながら進めていった。ラヴアもまた地球人のやり方……いや、僕のやり方をひとつずつ受け入れてくれた。  僕はベッドでシックスナインの体勢を取りながらラヴアに語りかけた。端から見たら尻と会話しているようで滑稽だったろうが、僕は至って真剣だった。彼の声を、彼の「本来の口」の近くで聞きたかったのだ。

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