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ch.42 Epilogue
■ ■ ■
それから、ざっと4ヶ月後。
8月の2週目の月曜日。早朝から迎えに来たアレックの車に荷物を積んで、僕らはキングス・クロス駅に向かった。今日から僕らは、スコットランドに一週間遊びにいく。エディンバラとグラスゴーを周遊する予定で、途中、アレックのお父さんの実家にも滞在することになっている。
アレックは飛行機で行きたがったけど、列車の旅を楽しみたいから往路だけ鉄道にした。「久しぶりの長期休暇は無駄にはできない」と意気込んでいた彼は、せっかくだからと綿密に観光計画を立てて、10ページ以上もある行程表のpdfを作ったけど、送ってきたのが昨日だからまだ目を通してない。エディンバラまでの4時間半、列車の中で読もうと思っている。
サマー・ホリデー真っ最中の今、国際列車が乗り入れるセント・パンクラス駅に接続するこの駅の構内も、早朝にも関わらず多くの観光客がごった返していた。
「もうすぐ…7時半だ」
僕は、スマートウォッチを覗いて確認した。
「ちょっと時間あるから、腹ごしらえしよっか」
電光掲示板の時刻表を見上げて、予約の列車がオンタイムだと確認したアレックは、サングラスをジャケットの胸ポケットにしまった。髪をワックスでざくざくに散らして、Tシャツ、ジーンズにスニーカーという格好は、僕と大して変わらない。今ではこんな完全オフモードの彼にもすっかり見慣れて、普段より5つくらい若く見える彼ももちろん大好きだ。
「電車で食べたっていいんじゃない?」
僕も、サングラスを外してリュックのサイドポケットにしまった。これは去年、彼からもらったものだ。
「電車の、美味しくないから」
「わかった」
彼は僕の手を取ると、カフェがある方へ歩き出した。その左手の薬指には、僕とペアのリングがはまっている。これは、婚約指輪でも結婚指輪でもない“日常用”で、婚約指輪ほど高価じゃない。けど、ちゃんとしたブランドのそれなりのお値段の物を選ぶのが、彼っぽい。ちなみに、婚約指輪は、僕の部屋の一番目立つ所、シェルフの一番上に置いてある。そして、結婚指輪をもらうのは、僕が大学を卒業した後で、ということになっている。
* * *
あの後、僕の両親は、“僕らをどうするか”を決めるのに1週間かけた。
彼らは、交際を認める代わりに、泊まりは月に一度まで、僕が必ず志望大学に合格すること、僕らのことについて今後は二度と嘘をつかないことという条件を作った。
結局のところ、僕らが想定していたことと大きく変わらなかった。
僕の将来の伴侶が男性であることに、父さんは最後まで難色を示したらしいけど、母さんが説得してくれたらしい。トドメは「愛する人といたい気持ちはあなただってわかるでしょう?」で父さんの首を縦に振らせたんだそうだ。母さんは頼りになる。
ローラには、イケメンの彼氏持ちというステータスをめちゃくちゃ羨ましがられた。彼女はテイラー先生をすごく気に入ってたけど、「変なコト想像したくないから、先生のクリニックには行かない」と患者になるのを諦めていた。僕からしたら、誰かみたいなとは言わないけど、彼女を大切にしてくれる彼氏ができてくれればいいと思う。
そして先月、Aレベルの結果が出て、僕は晴れてシティ・オブ・ロンドン大学に進学が決まり、僕らを制限するものは何もなくなった。
それからアレックは正々堂々と僕の家に顔を出すようになり、何度か家族とディナーも一緒にした。彼はマダムに取り入るのはお手の物だから、今ではすっかり母さんと仲がいい。当然、父さんはあまり快く思ってないっぽいけど、いずれは僕へのわだかまりと一緒に時間が解決してくれればと思う。
そして来週、スコットランド旅行から戻った後。9月から始まる大学生活に備えて、僕は家を出てアレックのフラットに居候することになっている。同棲なんてもっと先の未来のことだと思っていたけど、両親に言ってみれば、仕送りなし、月に2度はこの家に顔を出すことを条件にとんとん拍子で決まった。父さんは「うちからのほうが大学に近いだろ」ともっともな事を言って渋ったけど、アレックの援護を受けてる母さんに「生活費が浮く」とかなんとか、色々と説得されて承諾した。
* * *
予約の列車のホームから離れたコンコースのカフェで時間を潰していた僕らは、うっかりのんびりし過ぎた。改札を駆け抜けてホームを走り、8時15分発のアバディーン行きのロンドン・ノース・イースタン鉄道に14分に飛び乗った。最後尾の16号車から3号車まで通路を抜け、車両端の荷棚にスーツケースを積んだ。
予約の座席に掛けると、すでに車窓は郊外からのどかな田園風景に差し掛かり始めていた。シートは広くて快適な二人掛けで、僕は窓側に座った。
アレックは「学生の旅行みたいだ」と大きく息をついて呼吸を整えると、炭酸水を飲んだ。
「学生はファーストクラスの車両には乗らないよ」
「そっか」
僕らを隔てるアームレストを上げて、車でそうしているように、手を繋いだ。
「バタバタするのも旅行っぽいし、たまにはいいでしょ」
「うん」
「眠いから、ちょっと寝ていい?」
「景色見たいんじゃないの?」
「…うん、そう」
「いいよ、寝て」
「うん」と見上げた彼は、僕に軽くキスをくれると、開いたペーパーバックに目を落とした。
そして僕は、彼の肩に頭を預けて目を閉じた。
(Fin.)
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