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第4話 貴賓席
目から下を黒い布で覆い隠した男――サイル――が、貴賓席から円形闘技場の舞台を見下ろしている。
その直毛の金髪は、今は金縁の白い布ベールの中に隠されている。
闘技場は今日一番の熱気に沸き立っていた。
最強の剣闘士アルキバが、今まさに勝利したところである。
対戦相手は巨漢の男だった。アルキバは男の振り回す大剣を華麗にかわし、隙をついて転倒させ、地面に無様にあおむける巨体の腹を、横一文字に斬りつけた。
派手な血しぶきが上がり、割れんばかりの歓声が響いた。
アルキバは剣を高く掲げて観衆を見回した。
祝福の花が宙を舞った。客席に回される籠の中に次々と銀貨や金貨が投げ込まれる。
鳴り止まぬ拍手の中、アルキバは観衆達に手を振り、会場を一周した。時に女性にウィンクなどしながら。そのたびに黄色い悲鳴が沸きあがるのだ。
人気剣闘士は、出口へと姿を消して行った。
「さすがアルキバ殿、文句なしの勝利ですね」
そう漏らしたのは、覆面の男の隣に座る長身の男である。装飾の少ない皮の鎧に、腰に差した剣。
傭兵のようないでたちだ。年のころは三十代前半といったところか。こげ茶の髪をオールバックになでつけた、実直そうな男だった。
「いつも付き合わせて悪いな、ヴィルター」
サイルが答える。
「いいえ、サイル様。常にサイル様のお傍にお仕えしてお守りするのが、護衛騎士の役目ですから」
「私が信じられるのは、そなたただ一人だ」
「ありがたきお言葉、痛み入ります」
騎士服を着ず、しかし自らを騎士と名乗ったヴィルターは恭しく頭を垂れた。
サイルはそんなヴィルターに目を細めると、再び闘技場の舞台へと視線を移した。すでに雑用奴隷たちが清掃を始めている。
「やはりアルキバは優しい男だな。今日も、相手の剣闘士は死ななかった」
「そうですね。血まみれではありましたが、急所も突いておりませんでした。動脈の集まる喉を狙わず、腹を切りました」
「アルキバはいつもそうだ。観衆を満足させる派手な切り方をして、その実いつも、とどめをささない。闘技会は相手を殺さずとも、とにかく観衆が満足すればいい。アルキバはそれを心得て、なるべく相手を殺さない試合をする」
「アルキバ殿の、そういう所にもサイル様は惹かれてらっしゃるのですよね」
サイルは狼狽を見せる。はばかるような囁き声で、
「そのようなことを言わないでくれ」
「お気に入りのアルキバ殿をぜひにと、もう一度、興行師に伝えてみては?」
ヴィルターがさらりと際どいことを聞いてきた。
「もうやめてくれその話は。そなたは誤解をしている、私は別にアルキバに対してそのような……」
「あなたは投資主なのですから、資金を引き上げると言って脅せば言うことを聞くのでは」
「今の剣闘士たちで満足している」
「たとえば今宵のお約束、アルキバ殿に変更はできないものでしょうか。興行師に頼み込めばあるいは」
サイルは首を横に振る。
「本当にやめてくれ、そんなことをするつもりはない」
「左様ですか……」
ヴィルターは残念そうに言い、サイルは視線を揺らした。
「私は……恥ずべきことをしているな……」
ヴィルターは実直そうな顔をうつむけて、静かな笑みを浮かべた。
「いいえ、全く。お好きなように振舞えばよろしいのです。サイル様の望むがままに」
◇ ◇ ◇
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