11 / 33
第11話 汚泥の夢
リチェルは夢を見ていた。暗い地下室の夢を。
リチェルは透明な幽霊になって、その部屋で行われている兇行を、無表情に眺めている。
ベッドの上、一人の美しい少年が無音で泣き叫んでいた。
なぜ無音なのかと言えば、薬で喉をつぶされているから。声を出すことが出来ない。
二人の男が、嗤 いながら少年を押さえ込んでいる。
ベッドの上、美しい少年はみるみる変貌していく。金髪が抜け落ち、皮膚は崩れ、骨格は壊れ、人の形が失われる。
少年は、汚泥の塊になってしまった。悪臭を放つ、どろりとした汚泥に。
いつの間にか、嗤う二人の男は消えている。
汚泥はぶくぶくと泡を立てた。呼吸をしているのだ。汚泥は生きている。
(ナゼ イキテイル ノダロウ)
汚泥は考える。気づけば幽霊リチェルの意識は、汚泥の中にいた。
ふいに暗い地下室に、一筋の光が差す。
誰かが地下室の扉を開けたようだ。
(ゔぃるたー……)
唯一、信用していた人間が戸口に立っていた。
リチェルはその名を呼ぼうとする。だが声は出ず、ただぶくぶくと泡が立つ。
「お前のせいで母が!」
ヴィルターは恐ろしい顔をして、手にしたナイフを汚泥となったリチェルに突き立てる。
何度も何度も、めちゃくちゃに突き刺してくる。
(イタイ、イタイ、ヤメテ)
だが誰も助けに来ない。
だってリチェルはただの汚泥なのだから。汚泥の声を、一体誰が聞くだろう。誰が汚泥を、助けるだろう。
突然、ナイフの攻撃が止まった。リチェルは恐る恐る、上を見る。
そこにはヴィルターではなく、アルキバがいた。
アルキバが、リチェルに手を差し伸べている。まるで助けようとするかのように。
ここでリチェルは気付いた。
(ああ、夢か)
これは夢だ。
アルキバがリチェルを助けるわけがないのだから。
一気に記憶が蘇る。
ヴィルターに刺された腹の痛み。
そしてアルキバに振り下ろされた、怒りと軽蔑。
軽蔑されるのは当然だ。
権力と媚薬を使って剣闘士を手篭めにしてきた、不気味な男。そのくせ自分が逆の立場になったら、錯乱して大声をあげてしまう醜態。唯一の忠臣と思っていた騎士にすら裏切られた、無様な主君。
退廃し堕落した、落ちぶれた王子。
(ごめんなさい)
リチェルはいたたまれない羞恥を感じる。
こんな夢なんか見て。
あの時、あなたに触れたいと思ってしまって。
私のような恥ずべき者が、生きる意味とはなんだろう。
◇ ◇ ◇
ともだちにシェアしよう!