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第29話 潜伏
二人はひそやかに、混乱うずまくナバハイル城から逃げ出した。
馬を駆り、門番を叩き起こして王都の城壁を抜け、北の森の奥へ。二人は再び、ロワの元へと身を寄せた。
午前三時の来訪だったが、ロワは起きていた。まるで二人の訪問を予感していたかのように。
「王子様はいっつも血まみれだねえ。アルキバも珍しく怪我してんじゃないか」
「何度もすまない、ロワ殿」
「なに、ちょうど様子が気になっていた所だ。積もる話を聞かせてくれよ」
鷹揚とした見た目の内に嬉しさを滲ませ、ロワは二人を招き入れた。
◇ ◇ ◇
治療され睡眠も取れた、翌朝。
アルキバがダイニングに入ると、ロワはテーブルで新聞を読んでいた。
「起きたか、護衛騎士殿。姫君はまだ夢の中か?」
「ああ、もう少し寝かせてやってくれ。新聞、何が書いてある?」
ロワは新聞をアルキバに渡す。にやりと笑って内容を報告する。
「狂王子リチェルが国王陛下とオルワード第二王子を殺して、城から逃亡したそうだ。用心棒の剣闘士アルキバと共に」
「くそっ!」
アルキバは記事に目を走らせた。ご丁寧にリチェルとアルキバの人相書きが掲載され懸賞金までかけられている。
「ジルソンが新王として即位したそうだ。ついでにパルティア辺境伯が宰相就任。あさってが通夜で、来月に国葬だってよ。ジルソンは顔に痛ましい火傷を負っていて、それも狂王子にやられたらしい」
アルキバは新聞をぐちゃぐちゃに丸めて床に投げつけた。
「おいおい、敵の情報源だぜ、大事に扱え」
「だから破らなかっただろ!」
アルキバはどかりと着席する。ロワが茶を入れながら言う。
「さて、どうすんだい。リチェルといい仲になれたみたいじゃないか、二人で外国に逃避行でもするかい?幸い王都には世界に誇る立派な港があるしな。でかい船に潜り込めば簡単だ」
アルキバは憤然として首を横に振る。
「いいや、逃げねえ。絶対にジルソンを王の座から引きずりおろして、リチェルを王にする」
ロワは笑う。
「驚いた、たった二人で王家転覆するつもりか?さすが剣闘士だな。闘魂っつうんだろ、そういうの」
「俺だけじゃねえ、リチェルの闘魂だ」
「ほう?まあ、そういうことなら、うちを隠れ家にしていいぜ。部屋はいくらでも余ってるしな。周囲に迷いの結界を張って、お前たち以外はここにたどり着けないようにしてやろう」
「お前を巻き込んじまうが、いいのか?」
「らしくないことを言うな。二人きりで国を奪うだって?そんな面白そうな話、乗るに決まってるだろ。俺を使わない手はないぜ。十分、暇を潰せそうだ」
その時かさり、と音がした。見ればリチェルが、丸めて投げ出された新聞を広げて目を通していた。
「起きたか。ご覧の通りだ」
渋面のアルキバに、リチェルは無言でうなずいた。その表情は冷静だった。一通り読み終わって、丁寧に折りたたむ。ロワに静かな声音で言った。
「しばらく世話にならせてもらう、ロワ殿」
「ああ、いくらでも居てくれよ」
リチェルは視線をアルキバに移した。
「安心してくれ、アルキバ。そなたとの約束は守る。私は必ず王となって、奴隷を解放する」
そのまっすぐな眼差しに、アルキバの眉間のしわがぴんと伸びる。
参った、という顔で額を押さえた。
「ったく、かなわねえな、あんたには」
立ち上がって、伸びをする。両手を組んで頭の後ろに回し、不敵に微笑んだ。
「いいだろう。ぶちかましてやろうぜ、新王とやらに!」
◇ ◇ ◇
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