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最終話 二人の王

「初の王選挙、やはりアルキバが選ばれたな」 「ありがたいことだよまったく」  二人分の机のある王執務室で、アルキバは肩をすくめながら答える。国境地域から上がってきた、メギオンとの小競り合いの報告書を読みながら。  偽王ジルソンを倒してから、半年が経過していた。 「もう私が王である必要もないと思うのだが」 「いやいや、勘弁してくれ、リチェルは王のままでいろ」  半年前、リチェルはアルキバに王位継承権を譲ると言って憚らなかったが、世襲制廃止への貴族の反発があまりにも大きかった。  リチェルはアルキバを選挙実施までの暫定王とすることを条件に、自身も反発への緩和措置として即位した。  二人の王が並立する奇妙な形になったが、この半年、国家運営は順調に進んでいる。  リチェルはジルソンに与した重臣たちを処罰した後、貴族と平民の混在する国家機関としてナバハイル議会を設立した。  リチェル新体制で奴隷解放と大幅な減税を実現した結果、人材の流動化と減税効果で景気が良くなり、庶民の暮らしは上向きつつある。  対外的には、メギオンとの不平等条約破棄後に侵略してきたメギオン軍を二度退けた。この時に大活躍したのは、多くの剣闘士を兵士に登用した新・ナバハイル軍だった。アルキバは、戦士としてのみならず、司令官としての才能も開花させつつあった。アルキバに用兵や戦術を教えているナバハイルの兵法学者は、その吸収の速さに驚きの声をあげている。  そして先日、初めての王選挙が実施された。  アルキバは暫定王から晴れて、公正な選挙で人民に選ばれた正統な王となった。来月には華々しく戴冠式が行われる予定である。 「アルキバがそう言うなら王を続けるが、世襲王は私で最後だ。王妃を娶るつもりもないし世継ぎも生まれぬ」 「最後の王、ねぇ」  そこでリチェルは、書類に落としていた視線をふと上げる。 「ああ、そういえば、奇妙なおとぎ話があったな。海の王が森の王の末裔、五百年後の最後の王に呪いをかけたという。建国五百年はついこの間だった、ちょうどジルソン偽王を討ち取った日だ。考えてみれば私こそが呪いの対象であるな」 「なんだそれ。リチェルは呪いをかけられてたのか」 「だが私は生きているし、ナバハイルは血の海に沈んでいない。はて、海の王は私を許してくれたのだろうか……」 「しかし五百年も恨むって、そりゃ憎しみ超えて恋情だな」  アルキバは笑って報告書を閉じると、伸びをする。席を立ってリチェルの背後から抱きしめる。 「ま、待てまだ目を通さねばならぬ資料が……」 「まあまあ、もう夜も遅い。明日にしようぜ。俺はリチェルが欲しい」  アルキバはリチェルのうなじを掻き揚げ、首筋に唇を押し付ける。 「うっ……」  リチェルは赤くなって眉を下げる。  アルキバはからかうような笑みを浮かべながら、リチェルを椅子から立たせた。  その腰に腕を回して、アルキバはリチェルを執務室の隣の王の寝室へと連れて行く。 ◇ ◇ ◇  二人の王は、毎晩褥を共にしていた。   アルキバは夜毎(よごと)リチェルに、とろけるような愛撫をした。  初めて肌を重ねた日から、いまだに挿入はすることなく。  アルキバは決してリチェルを傷つけず、甘い快楽だけを与え続けている。  アルキバは今宵もリチェルをベッドに横たえると、慣れた手つきで服を脱がせ、その体を愛で始める。  己の屹立したものをアルキバの口内に含まれ、リチェルはシーツを乱しながら褥で泳ぐように身もだえした。輝く金の髪が扇のように広がる。 「あっ……、はっ……」  上下する唇の刺激も、敏感な部分を舐められる刺激も、初めてアルキバに教わったものだった。  兄達にされたことがないのは当然として、男娼にも決して口淫などさせなかった。相手から体に触れられるのが恐ろしかったのだ。  幼い頃から憧れ続けた闘技場の王者に、こんなことをさせている事実に慄きながら、リチェルは与えられる快楽に腰を震わせる。 「お、お願いだ、離してくれ、またそなたの口の中に……!」  アルキバはにやりと笑って一旦口を離す。リチェルの猛りを握り、感じやすい裏の筋に、見せ付けるように厚い舌を這わせた。意地悪そうな、しかし色気のある目でリチェルを見やる。 「気にせずぶちまけろっていつも言ってんだろ」 「だっていつも私ばかり……あっ……」  舌を先端から根本まで這わせ、袋を戯れに柔らかく口に含み、また上まで辿っていく。先端をすっぽり食み、小さな穴を舌でこちょこちょといじくられた。そして先の方を咥え、ぬるりずるりと出し入れする。卑猥なくびれが、アルキバの口の中に隠れてはまた出て来る。 「んっ、ふっ……」  アルキバはいつも、リチェルのそれをしゃぶる時、えも言われぬ優しい表情をする。まるで大事な何かを慈しむように。  行為で愛を語るように。  眉を下げこぶしで口元を隠し、リチェルは必死に悦楽に耐えた。  リチェルの絶頂を予感したように、ぱくりと深く銜えられた。リチェルはぶるりとわななき切なげに眉を下げる。 「も……だめっ……」  ついにこらえきれず達する。  アルキバの口内にどくどくと「粗相」をしてしまう。恥じらいと快楽と、申し訳なさや罪の意識で思考がぐちゃぐちゃになり、両腕で顔を隠した。  その腕をアルキバに解かれる。あやすような手つきで、真っ赤になっているリチェルの乱れた髪を手ですいた。 「気持ちよかったか?」  リチェルは黙ってうなずく。アルキバはリチェルの上体を抱き起こし、愛しげに腕の中に収めた。  精を吐いた余韻ごと包み込まれ、リチェルはアルキバの胸にすがりつく。  リチェルは、今日は言おうと思っていたことを口にする。 「わ、私にも、させてくれ……」  アルキバにばかり奉仕させているのが居心地悪く、リチェルは意を決して申し出た。  だがアルキバは複雑な表情を見せた。 「いや、それは……」  やんわりと断る口調のアルキバに、リチェルはしょんぼりとうつむく。 (やはり駄目か)  既に一度、リチェルはアルキバの性器を愛撫したことがある。アルキバと寝室を共にするようになって最初の頃。  リチェルは一生懸命したし、アルキバも達したのだが、その時に不可解なことを言われた。 「そんなやり方じゃ、リチェルが辛いだろう?」  アルキバに苦い顔つきで言われ、リチェルはびくりと怯えた顔を見せてしまった。 「すまない……。下手だったか……」  条件反射のように首をすくめてしまう。下手だった時はいつも兄達に殴られたので、体に染み付いた反応だ。  アルキバは慌てて否定した。 「違う!逆だ、逆なんだよ。うますぎるんだ。こんな喉奥まで飲み込まれたのはじめてだ、昇天するかと思ったよ。でも俺は、リチェルの(つら)さと引き換えの快楽なんて求めてないから」  リチェルはアルキバの言葉がよく分からず、ただ身についた恐怖心のままに震えてしまう。  気に入ってもらえなかった、それはとても重大な失敗だ。思わず、かつて暗い場所で何度も口にした言葉が出てきた。  子供のようにたどたどしく。 「ごめ、なさい。役立たずでごめんなさい」  アルキバは困ったような悲しそうな顔をして、リチェルの体を抱きしめ、なだめるように背中をさすった。 「違うって、謝らないでくれ。参ったな、どう言えば伝わるかな」  アルキバは切なそうに息をつき、リチェルの発作のような怯えが去るまで、ずっと抱きしめてくれた。  あれ以来、アルキバはリチェルに何もさせてくれなくなった。  リチェルの何度目かの申し出に、アルキバは今日も首を横に振った。 「俺はリチェルに気持ちよくなって欲しいだけだから」  リチェルは落ち込んでしまう。自分の奉仕は気に入ってもらえない。ならせめて「穴」を性処理に使ってもらわねばならないと思った。  これも何度か、申し出たことがある。どうかこの体を好きに使ってくれと。  でもアルキバは、リチェルが若干の「無理」をして言っているのを見抜いてしまい、決して首を縦に振らない。  アルキバは慎重に、リチェルより慎重に、ずっと待ってくれている。  毎夜、リチェルに天国のような悦びだけ与えて。 「私は役立たずだ」  抱きしめられながら、リチェルがぽつりとつぶやくと、アルキバはふうと息をついた。  リチェルの顔を両手で包み、アルキバは上に向けさせた。優しい笑みの中に悲しみを滲ませてリチェルを見つめる。  リチェルはその悲しみの意味が分からない。 「なあ、俺のこと、どう思っている?」 「どう、とは」 「つまり、愛してくれてるか?」  リチェルは意表をつかれ、頬を染め、大きくうなずいた。 「あ、愛、してる……!私はアルキバを、心から愛してる!」  力強く言い切り、顔が火を吹く。  アルキバは嬉しそうに目を細めた。 「俺は幸せだ。リチェルに愛されている。それがどれだけ最高なことか、分かるか?役立つとか立たないとか、一体何を言ってんだ?俺はリチェルに愛されてるんだぜ」  リチェルは頭が真っ白になった。 (何を……アルキバは一体、何を……)  分からない、理解できない、そう言おうとして、目頭が熱を帯びた。涙があふれてきて、こぼれ落ちる。  頭より先に、心が理解した。  自分は「役立つ」必要はないのだと。ただアルキバを愛するだけでいいのだと。 「ああ、俺はまた、リチェルを泣かせちまったか」  アルキバはリチェルを抱き寄せ、髪に顔をうずめキスをする。リチェルはしゃくり上げる。 「アルキバ、すまない、私は」  アルキバが自分の奉仕を受け入れてくれない理由がやっと分かった。  自分はまるで「仕事」のようにアルキバの役に立とうとしていた。  兄達に命じられた時のように、性器を無理に喉奥まで銜え込み、嘔気を堪えて痛みに耐え、ただ必死にその「苦役」を全うしようとした。  アルキバに喜ばれるわけがない。アルキバはいつも、愛の表現としてリチェルを求め、愛撫してくれるのに。 「謝らないでくれ。泣かれるのも謝られるのも、こたえる」  アルキバの唇がリチェルの頬の涙を吸う。あごを食む。ぬれる顔中にキスを落とす。  泣いていたリチェルが、やがてくすぐったそうに微笑んだ。  アルキバは安心した様子で、悪戯をするように手でリチェルの胸を撫で付けていく。乳首をつままれこねられ、リチェルは艶めく呼吸を漏らす。 「んっ……」  アルキバの呼吸も荒くなってきた。  リチェルのものと比較にならないほど大きな赤黒い股間はとっくに反り上がり、先端が濡れて照る。  リチェルは目下でそそり立つそれの卑猥さに、己が火照るのを感じた。  役に立たねば、とばかり思っていた時は、それがこれほど艶めかしいものであることに気づかなかった。  リチェルは本能のままに、アルキバの猛りに手を伸ばした。 「リチェ……」 「ただ触りたいんだ、触らせてくれぬか」  肌を紅潮させ、潤む目でアルキバを見つめ、懇願した。アルキバは驚き目を見開く。  リチェルは答えを待ちきれず、アルキバの逞しい屹立を握りこむ。それはリチェルの手の中でぐんと固さを増した。  アルキバは当惑した様子ながらも嬉しそうに、リチェルの唇を食む。  アルキバも、再び立ち上がってきたリチェルのものに手を絡めた。唇を重ね互いの舌をねぶり合い、互いの猛りを愛撫し合う。  リチェルは自分の手の中で感じるアルキバの脈動にうっとりとした。固い屹立の先端部分を指でこねり、ぬめる感触にごくりと喉を鳴らした。どうしようもなく劣情を喚起された。  苦役としてではなく、ただそれに触れたいという欲望のままに、相手の肉体を愛撫する。  性に奉仕することは、これ程に胸を焦がす行為だったのか。  その時唐突に、身体の奥に今まで経験したことのない火が点った。リチェルは荒く息をつきながら、欲望を吐露する。 「そなたが……欲しい。抱いて……くれ」  アルキバは驚き、リチェルの淫らに緩んだ頬に手を添えてじっと見る。嘆息と共につぶやいた。 「いい顔をするようになったな」 「どんな顔?」 「俺を……愛してるって顔」  答える間もなく、貪るように唇を奪われた。先ほどよりずっと荒々しい口付けだった。アルキバはリチェルの唇に食らいつきながら前かがみになり、リチェルは仰向けにベッドに倒れこむ。  唇を離したアルキバが欲望にたぎる瞳でリチェルを見下ろす。その視線にぞくぞくとした。 「いいのか?」  こくんとうなずく。アルキバがリチェルの膝裏を持ち上げた。  宙に晒された尻たぶを開かれて、秘所を見られる。  そこはアルキバが決して触れようとしなかった場所。見ようとしなかった場所。 「あっ、待っ……」  覚悟していたはずなのに、強烈な羞恥がリチェルを襲った。そこはやはり、リチェルにとって最も深い傷跡であり、心の急所であった。  何度も犯され形すら変えられた恥部をアルキバに見られる。己の最も醜い部位を晒す行為に、胸を刺す冷たい痛みがせり上がって来た時。  そこをアルキバの舌が撫でた。 「っ……!」  そんなことをされるとは思っていなかった。 「嘘……、やっ、やめ、汚い……!」  アルキバは躊躇いもなくその穢れた場所を舌でねぶる。  ずっと痛みしか与えられてこなかった場所に、初めての甘美な感触が与えられる。  リチェルの穢れを自ら口に含み舐めとっているのは、憧れ続けた王者アルキバなのだ。 「はぁ……っ!んっ、ああっ……」  心臓が震えた。  今、愛撫されているのはリチェルの魂そのものだった。 「あっ、アル……キバ……っ」  リチェルは目尻を濡らし息を吐く。散々ねぶった後孔を解放したアルキバは、手に抱えた白い太ももに頬を擦りながらリチェルを見やる。 「気持ちよさそうじゃないか」  からかうようにそう言った。  その色気ある眼差しに、立ち上がるリチェルの雄がひくんとわなないた。  アルキバはリチェルの腰を下ろすと、寝台の傍らから香油の瓶を取り、指を濡らす。ぬるつく指を、舌に解された穴へと丹念に揉み込んだ。  一本、二本と指が侵入してくる。  緊張はしたが、嫌悪はなかった。アルキバの指が、中に。そう思うだけで胸が熱くなる。  何かを探るその指が、ある部分に触れられた時、電流が走った。未知の感覚にリチェルは驚き、身を震わせた。 「は……っ、な、何、これは……!?」  リチェルのうぶな反応にアルキバもまた驚く。 「なんだ、知らないのか」  アルキバの顔に痛ましげな表情がよぎる。じっくりと感度を高めるように、その部位を指でなでさすった。リチェルは腰が溶かされるような初めての感覚に喘ぎ、身をよじる。 「ふぅ、は……っ、あう……っ」  丁寧に時間をかけてほぐされた。アルキバが微笑みながら囁く。 「感じるのが上手だ……。俺が欲しいか?」  リチェルは、はあはあと呼吸する。 「私を……アルキバで埋めてくれ……。そなただけで……」  懇願するリチェルを熱い視線で見つめながら、アルキバは指を引き抜き、ずしりとリチェルの上にのしかかった。  足を割り開き、そり返る凶暴なものを、双丘の狭間にあてがう。黒い双眸が真っ直ぐにリチェルを射抜いた。 「愛してる」  リチェルは震えながらうなずき、乞うような眼差しで片手をアルキバに伸ばした。  アルキバはふっと微笑み、五指を絡ませその手を握る。  アルキバに握られた手の甲がシーツに沈められた瞬間。  猛る先端がリチェルの中へと押し入ってきた。 「くっ……」  覚えのある恐怖が不意に蘇り、リチェルは眉間に皺を寄せる。脳裏を掠める、あの地下室。  アルキバはぴたりと侵入を止め、リチェルの唇や頬にいくつもキスを落とした。  気遣われている、とリチェルは気づく。アルキバの手を強く握った。 「大……丈夫だ、続けてくれ……」  アルキバはリチェルの耳を食み、囁いた。 「ここにいるのは俺だ、アルキバだ、永遠にリチェルだけを愛する男だ」  アルキバの張り詰めたものが、再びリチェルの中へと進み始める。リチェルは呼吸を整えて、その重く熱いものを己の中へと受け入れていく。  内側から裂かれるような痛みと同時に蘇る、あの地下室の光景を、全身でアルキバを感じることで懸命に追いやる。  戦神のごとき美しい肉体を、魂を射抜く双眸を、酔いしれるような男の色香を。  ただアルキバだけを己に刻む。  全て飲み込んだリチェルを見下ろし、アルキバは堪えるように息をついた。 「やっと……繋がれた……」  そう言って、幸福そうに微笑んだ。初めて恋を知った少年のように。  リチェルはぐっと瞳を潤ませた。 (ああ、アルキバ)  脳に根を張る忌まわしい記憶の全てが、粉々に打ち砕かれる。アルキバの愛情が、輝きとなってリチェルの暗闇を照らす。 「リチェルの全てを……俺にくれ……」  リチェルは答えるように、アルキバの手をきつく握りしめた。 (この体は……アルキバのもの……もう他の誰のものでもない)  アルキバは少しづつ、腰を揺さぶり始めた。  ゆっくりと掘り広げるように。鈍い痛みはあるが揺すられる途中に先ほどの感じる部位を慎重に刺激され、リチェルは甘く身悶えする。 「あっ……、はあ……っ」  鈍痛と快感の狭間で苦悶するリチェルのあちこちに、優しい口付けが落とされる。頬や眉や口元に。手をしっかりと握ったまま。もう片方の手はリチェルの屹立に絡み、あやすように扱かれる。  処女の体を大切に開くような行為だった。  これ程大事に抱かれている事実に胸が震えた。  まるで揺籃のように、アルキバの行為はリチェルの病んだ魂を癒していく。  アルキバの丹念な動きはやがて、全ての痛みを快楽へと変貌させた。リチェルの内側に、官能が溢れていく。 「あぁっ、はあ……っ、あっ、ああっ……」  先端ですくと立つものが蜜をだらだらとこぼす。雄の部分で感じるのとは全く違う、深い快感の波がリチェルを翻弄する。全身が溶解しそうだった。こんな感覚など知らなかった。  陶酔していたら、アルキバが不意に動きを変える。 「っ……!ああああっ……!」  リチェルは身を仰け反らせた。アルキバの雄は、まださらなる高みがあることをリチェルの体に思い知らせる。突かれ、擦られ、かき混ぜられ。  背筋を駆け上がる快感にリチェルは嬌声を上げることしかできない。 「あぁっ!はぁっ、ああ……っ、あう……っ。あああああああんっ」 「リチェル、愛してる。愛してる、愛してる、愛してる」  真っ白な頭の中、アルキバの愛の言葉だけが反響する。アルキバに与えられる愉悦は激しさを増し、怒涛のように波を打ち、リチェルは絶頂へと上り詰めていく。 「あっ、あっ、あっ、あんっ、あああああ……っっ……!」  全身が沸騰し蒸発するような、強烈な絶頂をリチェルは迎えた。  長く続く絶頂の途中、アルキバの精が中に放たれる。その感触にまた達してしまう。  神経が焼き切れるような、絶え間ない絶頂に、リチェルは身を痙攣させ続けた。 ◇ ◇ ◇  初めてアルキバに抱かれた後、リチェルは顔を真っ赤にして、ぐったりとシーツに横たわる。 「恥ずかしい……。獣のようだ……」  大きな嬌声をあげ、よがり乱れてしまったことが信じられなかった  アルキバは互いの精液で汚れたリチェルの下半身を丁寧に布で拭いながら、微笑みかける。 「俺には女神か天使に見えたぜ」  そんなことを言うアルキバを、リチェルは恥ずかしげに睨みつけた。 「う、嘘だ、そなたは口がうまい……」 「嘘なもんか。俺は本当に、天国にいる気分だ。やっと初恋の相手と結ばれたんだ」 「初恋?」 「そうだ、あんたが俺の初恋だ」  アルキバはリチェルの髪を一房取り、口付ける。リチェルは声を詰まらせる。 「そ、そなたはどれだけ、私を幸せにしたら気が済むんだ……」 「礼はいらないからな、愛してるって言ってくれ」  悪戯っぽく言われてリチェルは湿る瞳を細める。 「ああ、愛してる。私はアルキバを愛してる。アルキバに愛されている……」   そんなリチェルの頬を撫で、見つめながら、アルキバがふと遠い目をする。 「不思議だな。俺はもう、生まれるずっと前から、リチェルを欲しがっていたような気がする。何百年もの間、リチェルとこんな風に愛し合いたいって願い続けていたような気がする……」 「え?」  アルキバは何かに憑依されたように、遠い目のまま戸惑うリチェルをじっと見た。  リチェルは息を飲む。  アルキバが、アルキバにそっくりな別の誰かに成り代わったように思えたのだ。  さらに、別人のような異質な声が、その唇から発せられる。 「私はただ……君に愛されたかった……。改心してくれるだけでよかったのに、君は自ら(とが) を負った……私のために」  そしてはらり、とアルキバの瞳から、一雫の涙がこぼれ落ちた。  リチェルは目を疑った。アルキバの涙など、一度も見たことはなかった。  リチェルの胸の内から、強い感情が吹き出してくる。  脳内に、様々な見知らぬ光景が展開した。  森の中の王国、押し寄せてきた赤眼の軍勢、民を率いて南に逃げた自分を、暖かく保護してくれた褐色の王。  風格、才覚、人徳。その男は、王として持つべき全てを持っていた。  国を奪われ惨めな敗軍の将となった自分は、醜い嫉妬をした……。   あの立派な王を裏切った、冷酷な自分。  リチェルの魂に刻まれた、強烈な罪の意識が一気に蘇る。 「海の王……私を許して」  リチェルは震えながら、アルキバの頬に口付けてその涙を唇で掬う。  アルキバがハッとする。  憑依が解けたように。そこにいるのはやはり、いつものアルキバだった。  リチェルもまた、白昼夢から覚めたように目をしばたかせた。  アルキバは自分の涙に驚いた様子で、呆然としている。 「俺、なんで泣いて……?いや、泣いてねえ!リチェルじゃあるまいし俺が簡単に泣くわけないだろう!」 「う、いやでも、濡れている」 「見間違いだ!」  アルキバは照れ隠しのようにリチェルの体を抱えて仰向けに横たわり、リチェルを自分の上に寝かせた。 (今の幻覚は一体……?)  幻覚?  幻覚など見たか?  アルキバは何を言った?自分は何を言った?  たった今の出来事なのに、もう思い出せない。  ただ口の中に溶けたアルキバの涙の味は、とても尊いものに思えた。  リチェルは首を傾げるが、まあいいか、と目をつむる。  それよりもアルキバの体のぬくもりに、リチェルはうっとりとする。  アルキバの逞しい体にうつ伏せにしがみついて、こみ上げる幸福感にふふと笑った。 「なに笑ってるんだ?」 「あたたかい」  リチェルはアルキバの鼓動を心地よく聞きながら答える。アルキバはふっと笑ってから、思いついたように言った。 「そうだ、明日の定例会議は一緒にサボろうぜ。闘技場に行こう」 「は!?」 「御前試合の予選、ウーノが勝ち進んでるんだよ。明日のは特に大事な試合だから見てやろうぜ。だけどあいつ生意気でさ、刃引きの剣使ってるくせに『流血頼みの頃と違って、観客を魅せる剣技が必要とされるんです』なんて偉そうに講釈しやがる」  リチェルは困った表情で顔を上げてアルキバを見る。 「待て、バルヌーイ将軍やルシス兵団長にまた怒られるぞ!王宮魔術師のロワにも……」 「俺たちが顔を出せば民も喜ぶ。庶民に混じって街で遊ぶ気さくさが、この国の王様のいいところだってみんな言ってるぞ」 「そ、そうなのか?」  民が喜ぶ、と言われると弱いリチェルである。  素直に言いくるめられてしまうリチェルにおかしそうに笑うと、アルキバは両手でリチェルの頬をつかみ、唇を甘く食んだ。  ごつり、と盛り上がったアルキバの雄の部分がリチェルの下肢に当たる。 「もう一回、入れたい」  率直に言われてリチェルは顔を真っ赤にする。 「いいだろう?俺はだーいぶ長いこと待っていたんだ。何回抱いても抱き足りない」  アルキバの手が背中に伸び、指がリチェルの尻の狭間をクチュクチュといじり出す。 「っ……!うっ、わかっ……た」  ぎこちなくうなずきながら、身のうちに生じる甘美な予感に、早くも火照り始めるリチェルだった。 ◇ ◇ ◇  最後に。  二人の王の恋路に関しては、叙事詩には特に記されていない。  ただ一つ、「リチェルとアルキバ」と名付けられた非常に古い彫刻が残されている。  女神のように美しい王と、屈強な王が寄り添う石像だ。  二人は幸福そうに微笑みながら、互いの手を取り見つめ合っている。  まるで恋人同士のようなその様子は、見る者のロマンチックな夢想を掻き立てた。  その古い像のみが、悠久の時を超え、二人の間にある友情を超える何かを伝えていた。  記録に残らぬ秘め事を。  歴史の大きなうねりの裏の、ささやかなこぼれ話として。 ◇ ◇ ◇ [完]

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