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第7話
簡素だったが食事は美味かった。
「お前は料理が上手いな」
本心から褒めても短い謝礼の言葉だけで、食事が終わってしばらくしても、火の向こうからアルジェは動こうとはしない。
ふ、と軽くため息をつくと、リュソンは寝床に横になった。
命じても来ないものを待っても仕方ない。それより少しでも横になって体力を回復し、明日は今日の遅れを取り戻さなければならない。
幸い、疲労と満腹感ですぐにでも眠れそうだった。
「本当に、私でよろしいのですか?」
近く聞こえたアルジェの声に目を開けると、傍らに彼はいた。片膝を地につけ、王にかしずく騎士のように、リュソンの返事を待っていた。
まだ火勢の衰えない焚き火に照らされて、銀色の髪が赤くちらちらと揺れている。瞳孔がいっぱいに拡がったひとみが、薄暗い中でリュソンを見つめていた。
動いた物音はしなかったはずだが、と思いつつ、
「良いも悪いも、お前しかいないからな。嫌なら無理しなくても」
言葉が終わる前に唇をふさがれた。それが始まりだった。
また、夢を見た。
まどろむ師の美しい顔。それを縁取る長い黒髪。
呼吸音とともにかすかに動く裸の胸を見て安心する。
やはりあれは夢だったのだ。
この人が死んでしまうなどあり得ない。
目を覚ますと、森は明るくなり始めていた。左のほうから朝日が射し込み、白く煙る靄に木々の影が美しい縞模様をつくっている。
起き上がってもふらつかず、倦怠感もない。ここ数日で一番すっきりしていた。房中術のおかげだ。
そこまで考えて、リュソンは青ざめた。これだけ自分が元気だということは、アルジェからその分の精気を奪ったことになる。自分が動けるようになっても、アルジェが疲弊して動けなければ、昨夜の術の意味はない。
だがアルジェの姿はなく、馬たちもいない。荷物はまとめられて焚き火の向こうに置かれていた。その焚き火にしても、改めて枝をくべられて空気を暖めている。
剥ぎ取られたはずの下着はつけており、他に服装の乱れも情事の痕跡もない。ひょっとしてあれは夢だったのだろうかと思いながら、毛布の上にかけられていた自分の外套をはおった。敷布の上にきらりと光る銀糸を見つけて、昨夜の自分が極まった瞬間、アルジェの髪に指を絡めていたことを、その時の快感とともに思い出した。
あいつ、結構良かったな。師のほうが巧いが。
火に炙られながらそんなことを考えていると、遠くで馬の嘶きが聞こえた気がした。それはやがて重い蹄の音に変わり、途中で何かに気づいたように急に駆け出してくる。
「お体は大丈夫ですか?」
馬から降りるなりアルジェは、駆け寄ってきてそう言った。
「おかげさまでな。お前こそ大丈夫なのか」
聞くまでもなく、アルジェは顔色もよく、動きも素早く、元気そうだった。
「はい。私は大丈夫ですが、食欲はありますか?」
言いながら、アルジェは夕食の残りの鍋を火にかける。冷え固まった乳酪が再び蕩けて良い匂いをさせ、リュソンの腹が鳴った。
アルジェは安心したように笑って、麺麭の塊をリュソンに渡す。煮込みもすぐに温まり、椀に盛られた。堅い麺麭を小刀で薄く切って浸して食べると、煮込みは昨夜にまして美味かった。
ありあまる精力の持ち主や、魔術師でなくとも魔術師同士のように気をめぐらせ合うことのできる特異体質の者もいるという。アルジェもおそらくそのどちらかなのだろう。確かにあの時、大きな精気を自分の中に引き入れた手応えを感じたし、明らかに疲れはなくなっているのだから。
便利だが、つくづくおかしな男だ。
空になった椀をいつのまにか清めて、今度は湯気のたつ薬湯を渡してくる銀髪の男を眺めながら、リュソンはその瞳が銀青であることに今更ながら気がついた。ずっとただの灰色だと思っていたのだ。
「悪くない」
薬湯を飲み干して呟いたリュソンに、
「もっと召し上がりますか」
とアルジェは真面目な顔で返した。
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