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第6話

 毛布にくるまってうとうとしていると、いよいよ暗くなった森の奥から物音が近づいてきた。地面の小枝が折れる音、積もった枯れ葉を踏みしめる音、枯れ草が擦れる音、そして二頭分の蹄の音、甘えるような嘶き……。  それらは近くで止まった。ややあって、木の燃える匂いとはぜる音、人間の足音だけが近づいてきた。 「リュソン様、遅くなって申し訳ありません。もう少し早くに戻るつもりだったのですが、往きに仕掛けた罠に、運良くウサギがかかっていたもので、処理をしていたら遅くなりました」  松明を掲げ、荷を背負ったアルジェが当たり前のようにリュソンに声をかける。 「目眩ましの術は、かかっていなかったのか? 私が見えていたのか?」 「いいえ。見えてはいませんでしたが、目眩ましというものがあることは知っていましたので」  アルジェは傍らに荷を置くと、さっそく火床の準備を始める。腰にはウサギの毛皮と肉が下がっていた。  そこにいるとわかっていても見つけられないのが魔術の魔術たる所以なのだが……。  目眩ましは、これから行く先でも、夜盗避けの結界として村の入口などに施す予定だった。巡回魔術師の一番大切な仕事といえる。  日が暮れると、村の住人ですら入口が見つからず入れなくなるのだ。難産の妻のために隣村の産婆を呼びに行った夫が入れたという記録が例外として存在するほどだった。  術としては、そう難しいものでもなく、効果の多少があるにせよ、失敗することはないはずだった。  しかし、それが失敗したとなる と……。 「私は相当疲れてるな」  枯葉の寝床に横たわったまま、リュソンがぼそりと呟く。 「そのようですね。これをどうぞ」  何とか起き上がると、香りの良い湯気の立つ木の椀が渡された。火に掛けられた小鍋から、もうひとつの椀にも同じものが注がれた。 「これはミルクリ神殿の薬湯だな」 「薬草を分けていただいたのです。昨夜も飲まれて効果があったようでしたから」  リュソンには、部屋に着いてすぐ寝てしまった記憶はあるが、薬湯を飲んだ記憶はない。 「いつ、どうやって飲んだ?」 「それは、その……」  アルジェが言い淀んだ。 「言え」 「くち、うつしで……」  長身を小さく丸めて、申し訳なさそうな声でアルジェが答える。 「なんだ。そうだったのか。世話をかけたな」  無礼と叱責されるとでも思っていたのだろうか、労いの言葉にアルジェはほっとした様子で自分も薬湯を飲んだ。そのあと、空になった鍋に水を入れ、ウサギの肉とイモや野草を入れて煮始めた。残った肉は塩を振って串に刺し、火の周りで炙る。野宿には慣れているようだった。  焚き火で外側から、薬湯で内側から温まり、疲れてはいたが、気分は少しよくなってきた。  でも、まだ足りない。  火の向こうのアルジェは、鍋に乾酪を削り入れている。  昨夜も疲れたようには見えなかったが、昨日より移動距離の短い今日は、更に元気そうだった。 「房中術しかないか」  リュソンの独り言を聞いたアルジェの顔が強ばった。 「お前は、房中術がどんなものか知っているな」 「パーン様がされていたあれなら存じておりますが、私は……好きではありません」  それで、腰抜けと呼ばれていたのか。リュソンは合点がいった。 「魔術師同士なら、互いの精気を廻り合わせ、互いが活力を得ることができるのだがな」  リュソンは言いながら、パーン師との交接を思い出していた。あの、互いが溶け合い、混ざり合うような、官能の極地を。 「だが、ただ人相手ならば、精気を奪って活気を得るに過ぎない。ゆえに房中術の相手は、活気にあふれた健康な若い男女が好ましい、とされている」  目の前の、銀髪の男のように。 「ときにアルジェ、男と寝たことはあるか?」 「……それなりには」  アルジェは聡い男だ。リュソンが何を言おうとしているかは察していたに違いない。 「食事の後でいい。私を抱け」  反射的に目を伏せたアルジェは、静かな声で尋ねた。 「本当に、良いのですか?」 「私の疲れをとるためだ。お前は少し、いや、かなり疲れるかもしれないがな」

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