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最終オーディション (2)

「ふふふ。怖くなった?」  真希人の不安を見透かしているのか、タケルは品よく笑いながら()いてきた。 「リタイアしたいなら、どうぞ。車で自宅まで送らせるわ。でも、もったいないわね。人生で二度とはできないかもしれない体験をするチャンスなのに……棒に振るなんて」  タケルは優雅な動作で煙草(たばこ)を手にした。  素早く近づいたアキラが、かいがいしく細いライターで火を付ける。  赤い唇から細い紫煙(しえん)を吐き出すタケルから、真希人は眼を()らすことができなかった。  男だ。  完璧な女の姿をしているけれど、ドレスの中身は男なのだ。頭では分かっている。  分かっているのに、足が動かなかった。 (逃げろ! さっさと逃げ出せ! ぐずぐずしてると、大変なことになる……!)  頭の中で声がする。  真希人自身も、その通りだと思う。  それなのに――。 「それじゃ、お食事にしましょうか」  タケルの声を合図に、アキラとカオルが動いた。  アキラは真希人に、カオルは紘行に、それぞれエスコートするようにぴったり寄り添い、テーブルに連れて行く。  白いクロスが掛かったテーブルから年代を感じさせる木製の椅子(いす)が引かれ、二人はその横に立たされた。 「ちょ、ちょっと……っ!」  真希人は首を(すく)めた。  いきなりアキラの手が伸びて上着を脱がされ、ネクタイが引き抜かれる。  昨日とまったく同じ展開だった。 「カオルからも説明があったと思うけど、わたくしたちにとって大事なのは、あなたたちの肉体なの。だから身体を隠す服は必要ないわ。脱いでちょうだい」  そう言って、タケルが微笑(ほほえ)む。  真希人は唇をきゅっと引き結んだ。逃げ出すチャンスをむざむざ(のが)してしまった。自分のふがいなさに腹が立つ。  ちらりと紘行の様子を(うかが)うと、彼はいつの間にか自分で上着とネクタイを取り、シャツのボタンに手をかけている。 (ヒロって、この仕事に執着してたから、乗り気なのは分かるけど……でも、今のこの状況に疑問とか抱かないのか……? なんでそんなに、素直に言いなりになるんだよ?)  抵抗らしい抵抗もせず唯々諾々(いいだくだく)と彼らに従う紘行に、真希人は、そこはかとない不信感を抱いた。        ◆◆◆     ◆◆◆ 「そう、二人は開星学院の幼稚部からのお友達だったのね。ヒロくんは安藤(あんどう)整形外科病院の跡取り、マキトくんは元売れっ子のモデル……素敵な組み合わせね」  タケルは満足そうな笑みを浮かべ、赤ワインが注がれたグラスを傾ける。どこからどう見ても、絵画から抜け出してきた貴婦人そのものだった。  真希人と紘行は二人とも全裸で、固い木製の椅子に座らされていた。  テーブルの上には美味(おい)しそうな料理が並んでいるが、両手を後ろで(しば)られている二人は自由に味わうことができない。 「お腹すいたよね、二人とも。さあ、何が食べたい?」  カオルに尋ねられ、はしたない格好で椅子に縛られた真希人はテーブルを見回した。  新鮮な野菜と一緒に盛られた色とりどりのパテやキッシュ、オレンジ色のスープ、香ばしいバターの匂いがする白身魚のムニエル、柔らかそうなフィレ・ステーキ。  空っぽの胃が、きゅるると大きな音を立てた。  それを聞いたカオルが「あはは」と明るい声で笑う。 「我慢しなくていいよ。僕と兄さんとで食べさせてあげるから。どれが食べたい?」 「え……あの……」 (食べさせてもらう? 裸で縛られたままで……?)  屈辱的な状況のはずなのに本能には(あらが)えない。口に溜まった唾液を飲み込むと、また腹の虫が盛大に騒ぎだした。  どれを先に食べようかと、真希人は目移りしてしまう。  自分でも気付かないうちに少しずつ、プライドを()ぎ取られているのかもしれなかった。  無防備な股間が、ぎゅうっと圧迫された。  驚いて下を向くと、黒いストッキングに(つつ)まれたつま先が、真希人の()えたペニスを踏みつけている。正面に座っている黒衣の美女、タケルの仕業:(しわざ)だ。 「男の場合、空腹になると性欲が増すと言われているけれど……胃袋と性欲を同時に満たされるのって、どんな感じなのかしらね」  そう言ったタケルはスプーンでオレンジ色のポタージュ・スープをすくい、真希人の口に近づけた。 「人参(にんじん)とトウモロコシのスープよ。召しあがれ」  真希人は無意識に口をあけ、上体を乗り出していた。  唇に銀のスプーンが触れ、あたたかい液体が流し込まれる。材料が野菜とは思えない、フルーツのような甘くコクのあるスープを味わい、嚥下(えんげ)する。 「……つっ!」  飲み込んだと同時に、股間のモノをぐっと踏みつけられた。  タケルのつま先はすぐに力を(ゆる)め、今度は表面を軽く引っ掻く。  (しいた)げられたペニスが次第に熱を持ちはじめているのが、真希人には分かった。 「次はこれね。はい、どうぞ」  次に、ひと口大にカットされた三色のパテが、フォークに乗せられて差し出された。  股間を動き回るつま先は、真希人の亀頭の先をコリコリとくすぐるように探っていた。陰茎(いんけい)に血液が流れ込み、あっという間に硬度を増してゆく。  真希人はもう、何も考えずに口をあけた。  柔らかいパテを舌先に乗せ、白身魚や卵や海老(えび)、アボカドが混ざりあった複雑な味を堪能(たんのう)する。  ふと気になって、隣りの紘行を一瞥(いちべつ)した。  彼は真剣な眼をして、()い入るようにこちらを見つめている。 (え……?)  あまりの視線の強さに戸惑(とまど)った真希人は、思わず顔を(そむ)けた。  なんだか怖かった。  これまでの飄々(ひょうひょう)とした紘行とは別人だ。 「そんなに緊張しなくてもいいのに。いくら可愛いからって、取って食いはしないわ」  タケルは相変わらず、つま先で真希人の性器を(もてあそ)びながら言う。 (緊張するなって言われても……)  そう思いながら、白いテーブルクロスから覗く黒いストッキングに包まれた足先を見た。白と黒のコントラストは、どことなく不吉で隠微(いんび)だ。  その足に押さえつけられている自分のペニスは、いつの間にか(ふく)らみ、力を(みなぎ)らせている。 「少しリラックスしたほうがいいわね。アキラ、二人にロゼ・ワインを差しあげて。辛口のスパークリングを」 「はい」  命じられたアキラはダイニングを出ていった。 「……ああ、そういえば二人とも、まだ未成年だったわね。でも、いいでしょう? 食事をおいしくいただくためのワインですもの。辛口のロゼはあっさりしていて飲みやすいから」  タケルは話しながら、真希人の口に白身魚を運んだ。 「それじゃ、ヒロくんも食事を始めようよ」  カオルがスプーンを紘行の口に近づける。  彼は躊躇(ちゅうちょ)しながらも唇を開き、カオルの手からスープを飲んだ。さらに生野菜、パテ、キッシュと続けざまに食していく。  真希人がちらりと横目で窺(うかが)うと、彼の股間を覆ったテーブルクロスがテント状に()っ張っていて、紘行のモノもすでに勃起していることが(うかが)えた。  正面に座っているカオルが、紘行の股間を(いじ)っている様子はない。ということは、彼は真希人とタケルのやり取りを見て興奮しているのだ。  あるいは、自分がカオルに餌付(えづ)けをされている行為そのものに――。  素っ裸の男子高校生二人が、性器をおっ()てながら豪華な食事をしている光景など、冷静に考えれば笑ってしまう。  しかも両手を縛られ、スーパーモデル並みの美男美女に赤ん坊よろしく食べさせてもらっているなんて。 (いったい、何をやってるんだろ、おれ……)  頭が()めかけたところに、また股間を刺激されて現実に引き戻された。 「……あっ!」  タケルの足裏全体でペニスを椅子に押しつけられ、ごりごりと(こす)られている。 「だめよ。ちゃんと集中して、マキト。ほら、ワインが来たわ」  ストローが入れられた細長いワイングラスが、真希人と紘行の右側に置かれた。  薄い薔薇(ばら)色の液体から、しゅわしゅわと細かい泡が立っている。 「グラスが不安定だから気をつけて飲んでね」  (うなが)されても、真希人は素直に口にできない。 (また……昨日みたいに変な気分になるんじゃ……)  昨日は出された紅茶を飲んだあと、妙な興奮状態に(おちい)ってしまい、こともあろうに紘行を相手に淫らな行いをしてしまったのだ。  迷っていると、フィレ・ステーキが一切れ、口元に運ばれてきた。  真希人が口をあけたとたん、さっと引っ込められる。 「ワインを飲んで、マキト。せっかくのフィレ肉だもの、美味しくいただきましょう」  にっこりと笑いながら、タケルが言った。  目元も穏やかに笑っていて、彼が心からこの状況を楽しんでいるのが分かる。  上体をかがめ、真希人はストローを含んだ。爽やかな甘さの中に、わずかな(から)みとほろ苦さが混ざっている。  上質なスパークリング・ワインらしいが、ストローで吸い込むと味気ない。自販機で買った炭酸飲料を飲んでいるみたいだ。 「ふう……」  グラスの半分ほどを一気飲みし、真希人は息をつく。(のど)が熱い。  そこにすかさずフィレ・ステーキをぶら下げられ、迷わず食いついた。  肉汁が唇の端を伝う。  いつの間にかナプキンを手にしたアキラが横にいて、そっと唇を拭:(ぬぐ)ってくれる。 (これって、まるっきり裸の王様じゃないか……?)  思って笑みをこぼしたとたんに、きゅっとつま先で股間を(ひね)られ、真希人は(われ)に返った。 「リラックスしてきたみたいね。次は何が食べたい? デザートを用意させましょうか?」 「いえ……もっと、肉が欲しい、です」 「やっぱり食べ盛りの高校生ね。しっかりお食べなさい」  肉汁が(したた)るフィレ肉が一切れ、また一切れと、真希人の口に運ばれていく。  下腹で息づくペニスは、相変わらずタケルのつま先で(もてあそ)ばれていた。ストッキングの、さらさらしているのに(わず)かに引っかかる感触がむず(がゆ)い。  すっかり準備が整った真希人のモノは、いつまでもゆるゆるとじらされて爆発寸前になっている。  もう、早くどうにかして欲しい。 「うっ、くぅ……」  知らず知らず、甘美な苦痛の声が漏れた。 「ふふふ……マキトのここも、ご馳走(ちそう)を食べたいみたいね。大丈夫よ。デザートを食べ終えたら、ゆっくり可愛がってあげるから」  またしても、「ぎゅっ」と足裏全体でペニスが圧迫される。  タケルは美しい笑みを浮かべ、真希人の唇にプディングを乗せたスプーンを近づけた。

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