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そして、新たな始まりの予感

   身なりを整えた真希人と紘行は、玄関ホールに降りていた。  上着のポケットには、鈍い金色に光る名刺サイズのプラスチック製のカードが入っている。カードは身分証明と、この屋敷の鍵を兼ねていた。 「これは、あなたたち専用のカードキーよ。無くしたり、他人(ひと)に見せたりしないようにね。もちろん他言は無用。決まりを破った場合は、相応のペナルティがあるから注意してね」 「でも、その代わりに出入りは自由だし、ここでの食事や飲みものも無料。宿泊もできる。来たいときはこちらから迎えをやるから、カードに記してある番号に電話して」  交互に説明するタケルとカオルを思い出しながら、真希人はそっとポケットに触れた。自分と同じように紘行も、このカードを持っているのだ。  屋敷の外に出ると、すでに陽は落ちていて、薄いラベンダー色の宵闇が拡がっていた。  腕時計は午後の七時を回っている。  ここに連れてこられてから、八時間近くが()っていた。 (やっぱり……どう考えても、おかしくないか? きっと、何か裏がある。最初から、すべて仕組まれているみたいな……)  エントランスに立って見送るタケル、カオル、アキラの三人の姿を見たとき、ふと真希人は思った。  昨日の面接といい、今日のこの最終オーディションといい、あまりにも芝居じみている。  もっとも、オーディションなんて呼ぶくらいだから芝居がかっているのは当然としても、誰かが書いた台本通りに動かされているだけなんじゃないかと思わせる、あざとい感触があった。  カオルしかり。タケルしかり。アキラも、そして紘行さえも――。  ベントレーの後部座席に乗り込んだ二人は、しばらく無言のままだった。 「なあ、マキ……おまえ……ここまで来て、逃げ出そうとかって、考えてないよな?」  紘行が先に口を開いた。  真希人は答えず、 「そう言うおまえはどうなんだよ? いったい、何を考えてるんだ?」  反対に、紘行に()き返してやる。 「まあ、あれだけアキラさんと楽しんでたんだ。逃げるなんて選択肢じたいがあり得ないよな、ヒロ。おまえさ……男と寝たの、今日で何回目? 初めてだ、なんて嘘は、もう通用しないぞ」  つい(とげ)のある物言(ものい)いをしてしまった真希人の問いに、紘行は口を閉じたままだった。 (話したくないんだな……まあ、無理もないか。おれに隠れて男と遊んでいたって、自分からバラしたようなもんだからな……)  じわじわと胸を焼く嫉妬をやり過ごし、真希人は眼を閉じた。  脳髄(のうずい)と背骨が、とろみのある濃厚な液体の中で砂糖漬けにされているみたいだった。夢を見ているかのような八時間のあいだに、自分がすっかり作り替えられてしまったような気がする。  もう、無邪気な恋愛ごっこにうつつを抜かしていた、かつての自分には戻れない。  眼の前にいる親友への、よこしまな想いに気付いてしまったから。  美しい男たちに(なぶ)られる快楽を覚えてしまったから――。  やがてこの身体も心も、男なしではいられない淫らな愛玩物(あいがんぶつ)へとなり果てていくのかもしれないと、真希人は想像してみた。  けれど不思議なことに、それが嫌ではない。  最終的に行き着く先がどこなのか、今は分からなくても、自分の隣りには常に紘行がいる。  いずれ、もっと過激でインモラルな行為をすることになるのだろう予感があった。  アキラやカオル、タケル。  そして、きっと紘行とも――。  真希人はもう一度、ポケットの上からそっと触れてみた。  そこにある黄金のカードは、未知の世界への扉を開ける大切なアイテムになるのだろう。  もう二度と抜け出せない、淫靡(いんび)な官能地獄への。  真希人と紘行を乗せたベントレーは、洋館を取り巻く雑木林を静かに進む。  やがて重々しい鉄の門扉を抜けると、館の呪縛から解き放たれたかのように一気に加速し、現実の世界へと戻っていった。

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