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第3話
目の前に、日に焼けた少年が立って旭葵を見下ろしていた。手には白い布が握りしめられている。旭葵の先回りをし、布を引っ剥がしたのだ。
大きく目を見開いた少年の後ろには真っ青な空が広がっていた。
「一生(いっせい)! 捕まえろ!」
一生と呼ばれた少年は動かなかった。金縛りにあったようにピクリともせず、けれどその目だけはしっかりと旭葵をとらえていた。
「一生!」
一生は我に返ったように、顔をブルッと振るわせると、見開いた目を爛々と輝やかせた。
それはあっという間の出来事だった。
いつもだったら簡単に交わすことができるはずなのに、一生の手は旭葵が動くよりも早く、旭葵を捕らえた。青い空がぐるっと反転したかと思ったら、旭葵は一生に抱き抱えられていた。
「俺決めた! この子を俺の姫にする!」
少年たちの目が一生の腕の中の旭葵に注目する。
「えっ……、ああ、一生がそう言うなら……」
「つか、その子誰? 見かけない女の子だけど」
少年たちは戸惑いと好奇心の入り混じった目で、ジロジロと旭葵を見る。
「でも、すごく可愛いかも」
「うん、蝦夷の坂本さんより可愛い」
「ん、なんか言ってるよ」
ぼそりと旭葵は低い声で呟いた。
「降ろせ……」
ゆっくりと息を吸い込む。
「降ろせって言ってるだろ!」
「うわっ! 一生危ない!」
旭葵は思いっきり身体に反動をつけて足を蹴り上げた。その足は自分を抱き抱えている一生の頭を直撃するはずだった。
が、一生はすかさず旭葵を放り投げた。背中から砂浜に落ちた旭葵は、それでもすぐに体勢を立て直し一生に飛びかかった。
今まで一度だって喧嘩に負けたことはない。姫だと? ふざけんな。
が、旭葵の蹴りや拳が全く一生に当たらない。さっきおいなりさんをたくさん食べて、パワー全開のはずだ。それなのに旭葵の攻撃は無惨に宙を切った。旭葵がいつもより遅い訳じゃない、相手が早いのだ。自分だけスローモーションをかけられたようで悔しい。
旭葵は肩で荒い息をつきながら、呼吸を整える。
こいつ、めちゃくちゃ強え。
こんなことは初めてで、旭葵は動揺していた。
2人を傍観している少年たちは唖然として、ただ事の成り行きを見守っていた。
「すごいなあの子、女の子なのに、一生をあそこまで動かすなんて」
「つか、俺たちだったらヤられてね?」
旭葵が何よりも悔しいのは、一生は旭葵の攻撃を交わすだけで、自分からはいっさい責めてこないことだ。
旭葵から逃げているのでもなければ、そんな攻撃が当たるものかと嘲っているのでもない。
旭葵の拳を受け止める一生の手は優しかった。今まで逃げ越しの相手と戦ったことはあるが、こんな戦い方をする奴は初めてだった。
それが旭葵を余計に逆上させた。旭葵はヤケクソに手足を振り回した。
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