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第4話
不意に旭葵の右手首が掴まれた。一生の顔が目の前にある。
「君みたいに可愛い女の子がこんな乱暴しちゃダメだよ」
周りの少年たちも一生に追従する。
「そうだ、もう十分だよ。どうあがいたって、女の子が一生にかなうはずないんだから」
沸騰点に達していた旭葵の頭からプツンと音がした。
「俺は女じゃねぇ! 男だ!」
旭葵はみんなが見ている前で、着ていた服を脱ぎ去った。
五月の太陽の下、旭葵の白い裸体がさらけ出される。
少年たちの視線が、旭葵の体の中心に縫い付けられたように集まる。
「お、お、男―っ!?」
「マジか」
少年たちがどよめいた。驚きよりも失望の方が大きいのがその表情から分かる。
どうだ、参ったか。
旭葵は全く拳が届かなかった分、一生に見えない一発をくらわせてやった気分になる。
さぁ、おまえも驚け。他の奴らのように早くがっかりしろ。
一生はおもむろにかがむと、砂浜に投げ捨てられた旭葵の服を拾った。砂を叩くと服を広げて旭葵の体を包んだ。
「君みたいな子が、こんなことしちゃいけない」
旭葵は目の前が真っ暗になった。
コ、コイツ、只者じゃねえ。
「さっき放り投げてごめん。背中から落ちただろ。痛くなかったかい?」
一生は労わるように旭葵の背中に目をやった。
「うっせぇ」
こんな屈辱的な敗北は初めてだった。悔しくて涙が出そうになったが、喧嘩に負けて泣くぐらいだったら死んだ方がマシだ。実際には一方的に旭葵が攻めるだけで、喧嘩になどなっていなかったが。
「で、俺の姫にならないか?」
「誰がなるもんか」
旭葵は恨めしげに一生を睨みつけた。
ゴールデンウィークが明けた旭葵の初登校日、旭葵は担任の先生と一緒に黒板の前に立っていた。
「今日からみんなと一緒に勉強することになった如月(きさらぎ)旭葵(あさき)君だ。男の子だ」
先生が最後にわざわざ男の子だと付け加えたことに、旭葵は内心舌打ちする。
ざわめく教室内に、浜辺で見た顔を旭葵は見つけた。その中に一生もいた。
その日のうちに旭葵は3人の男子生徒を叩きのめし、母親が学校に呼ばれた。
喧嘩の理由はいつものごとく、
「女みたいだってからかわれたから頭にきた」
と、いうものだった。
先生が言った通り旭葵は本当に男の子で、とてつもなく凶暴だということを、元々それを知っている一生たち以外のクラスメイト全員は思い知った。次の日から誰も旭葵をからかう者はいなくなった。
凶暴なのと、女の子に間違われると手がつけられなくなることを除けば、旭葵は社交的で明るい性格の子どもだった。
すぐにクラスに溶け込んだ。が、旭葵は一生にだけは近づかなかった。初めての敗北の屈辱がまだ澱のように旭葵の中に沈んでいた。
いっぽう一生はそんな旭葵を遠くらから眺めるだけで、無理に旭葵と仲良くなろうとはしてこなかった。
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