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第28話

 なぜだかその言葉でホッとした旭葵だったが、態度をころりと変えるのも癪なので、そのまま斜め下を睨み続けた。 「そういえば、今年もそろそろアレの時期がやって来るな」  そんな旭葵に構わず一生は話題を変えた。アレ、で分かってしまうのが、旭葵と一生だ。 「一生、もう今からビビってんのか?」  旭葵は意地悪にヒヒッと笑った。固かった旭葵の顔がほころぶのを見て、一生は頬を緩ませる。 「今年も俺が一生の手を引いて行ってやるからな」 「ああ、頼むよアサ」  一生があまりに素直に返事をするので、一生が自分の機嫌を取るためにこの話題を振ったのだと旭葵は気づいた。けれど今さら機嫌が悪いふりをするのも馬鹿らしい。 「任せとけって」  旭葵は胸を張った。  その日、よもぎを洗った後一度家に帰った一生は、家にあったというクッキーを持ってやってきた。 「あのクッキーとちょっと違うけど」  クッキーはハート型じゃなくてクマの形をしていて、歯が染みるほど甘かった。 「一生、今日はごめん」 「何が?」 「いや……」  隼人のトライアスロンの話をしたことだ。なんであんなことを一生に言ってしまったんだろう。トライアスロンは、表彰台の真ん中に上るのは一生で、台の一番高いところに立っていて欲しいと旭葵が願うのは、一生だけなのに。  甘いはずのクマ型クッキーがなぜかしょっぱく感じた。  夏休みまであと10日ともなると、クラスのあちこちで夏祭りや花火大会といった単語が飛び交い始める。  休み時間、隼人の周りにいた女子数人が、きゃーともえっーともつかない歓声を上げた。そこへちょうど担任の教師が教室に入ってきた。 「先生、先生、聞いてください。三浦君って去年の高校トライアスロン大会の優勝者なんですって!」  その声でクラス中が隼人に注目する。 「ほ〜、それはすごいな。もう少し転校してくるのが早かったらうちの大会に出てもらったのにな」 「うちのなんかいいんですよ。それより今年の大会が今月の23日なんですって」  夏休みに入って最初の土曜日だった。 「あ……」  旭葵は思わず小さく呟く。 「私たちみんなで応援に行こうと思って、他に誰か来る人いたらみんなで行かない?」  クラスで男女両方から人気の女子が提案者なのもあり、次々に「私も行く」「私も」と手が上がる。女子に釣られるように「俺も行こっかな」と言い出す男子まで出てきた。  旭葵はなんだか嫌な方向に話が進みそうだな、と隼人の方を見ると、隼人と目が合った。隼人がウインクしてきたので旭葵は目をそらす。

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