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事が起きたのは、俺が地下アイドルの対バンで、開始時間を待っている時だ。 早めに到着してしまった俺はライブハウスの外でスマホを見ながら時間を潰していると、少し離れた所で誰かが声を荒げているのが耳に入る。 こういう事は希にあるけど、ファン同士のいざこざは本当に困る。周りの人も不安になるし、俺も純粋に楽しめなくなる。かと言って止めようと下手に割り込んだり、野次に行くと騒ぎが広がりかねないから、ここはさっさとスタッフの人を呼んで出禁にしてもらうしか_________ 「お前、絶対"ゆらり"と繋がってるだろ!」 一際大きな声が響き、思わず固まる。周りも固まってた。というか、ゆらたそ……じゃなくて、ゆらりとは俺が一番推してるアイドル。水面(みなも) ゆらりの事じゃなかろうか。 「はぁ、適当言わないで下さい」 絡まれているのは、長身でマスク越しだが、それでも分かるほど綺麗な顔立ちの男だった。サラサラなグレーの髪に白い肌。雰囲気はどちらかと言えばダウナー系に近い。整った顔立ちと、モデル顔負けのスタイルは、言い寄られたら絶対断れない。と思える程完成されている。 これで地下アイドルのオタクなのが意外……いや、偏見は駄目だ。最近現場にこういうダウナー系に偏ったメンヘラチックなファンが増えたのは知っているけど、それでもこの顔とスタイルはレベルが違う。もしかして俺の推しと繋がってるかも?と不安になるのは無理もない。 「いやいや、適当じゃないが?掲示板みたか?」 更に問い詰める男はゆらたその熱烈なガチ恋で、ライブ後のSNSではアイドルがオタクに向けてライブ中にファンサする所謂レスの数や、チェキ中ファンとの絡みを事細かに呟く、少々厄介な男として有名な"泡沫(うたかた)"さんだ。勿論本名ではなく、SNSの名前である。 基本的にアイドルは、空いた時間を全部エゴサに費やしてるのではないかと思う程SNSで自分関連の呟きがあると反応してくる。それはゆらたそも例外ではなく、泡沫さんの厄介SNSのアカウントも勿論知っている筈だ。 それでも泡沫さんに対するレスが俺より多い気がするのは、彼もルックスが良いからだろう。相手のダウナーな雰囲気とは違い、スポーツ飲料のCMに出ても良いくらい爽やか好青年な見た目をしている。兎に角顔が良いので目に付きやすい。だからレスを貰いやすいという仕組みだ。爽やかなのにやっている事は暗いけど。 「どうこう言われても、俺にはよく分からないんですけど」 「しらばっくれるのも大概にしろよ……!」 段々ヒートアップする言い合いに不安が大きくなる。まだ人は少ないとはいえ、俺の推しでもあるゆらたその事で揉め事は勘弁して欲しい。 間に入れば騒ぎが広がると心配してたけど、推しの揉め事となれば話は別だ。この騒ぎを聞いて"水面ゆらりのガチ恋ファンは怖い"レッテルが貼られると、ゆらたそを応援していたファンが他界したり、増えない状況ができてしまう。それはファンである俺からすると耐えられない。 「ここで言い合いするの、やめて下さい」 まさか人が割り込むと思わなかったのだろう。二人はピタリと一瞬止まり、泡沫さんは俺に顔を向け、もう一人のダウナーイケメンは、顔はそのまま、目線だけを俺に向けた。 不良や気が立ってる人に目を向けられると、恐怖を感じてしまうのは普通の事だが、ゆらたその為だと思って行動している今は、不思議と怖さを感じなかった。これが推しを想うという力なのか、ゆらたそって偉大だ。 しかし油断はできない。さっきまで荒れていたから、もしかすると暴力沙汰にだってなりかねない。だから俺は気を抜かないように相手の次の行動をよく見て_________ 「あんた、ゆらり推しの水科(みずしな)だろ。」 「エッ、あっ、存じ上げてるんですか!?」 突然名前、と言ってもSNSで使用しているハンドルネームだが、それを言い当てられて思わずオタク的返事になってしまう。こういう時に焦って素が出るの、本当に良くない。 というか、泡沫さんに認知されてるとは思わなかった。この人SNSはゆらたそと、そのグループの公式アカウントだけしかフォローしてない筈なのにな。 「ゆらりの推しは殆ど知ってるけど。水科はこの前もライブ来てただろ?」 「今日も楽しもうな」と友達の如く爽やかなお顔で爽やかな笑顔を向けられて唖然とする。例えるなら、今まで100m離れていた相手に少し近づいたら残り1mまで接近された気分だ。本当に吃驚した。 「あの、もう良いですか?」 あまりの出来事に驚いていると、痺れをきらしたのか、ダウナーイケメンはため息を吐いて俺に顔を向ける。 「あ?まだ話は終わって……」 「大丈夫です、すみません。ゆらた……ゆらりちゃんの推し同士、今日は楽しみましょう!」 今がチャンスと言わんばかりに、俺は泡沫さんの背中をグイグイと押して、ライブハウスの中へと半ば無理矢理入り込んだ。 途中「は?積極的過ぎじゃね?」と呟いてたが、そうでもしないとゆらたそ推しのファンが減って、ゆらたそが悲しむだろ!!!と叫びたくなるのを我慢した。

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