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2、巻物の中から……!?

 先祖代々、霊力が強ければ強い者ほど短命だったという。祖父もまた婿養子で柴家に入ってきた人間だったため七十五を過ぎた今もピンピンしているが、俺はいったいいくつまで生きることができるのだろう。  人生が短いのなら、愛のある充実した日々を送りたい。そう思っていたのに、どういう因果か俺は同性にしか惹かれない。霊が視えて祓える以外これといって特技もなく、容姿も平凡な自分が、この先どう功徳を積めば幸せな人生を歩んでいけるのかまったくもってわからなかった。  だからこそ、零士との出会いは神様からもたらされた幸せだと思ったのに……ただ、遊ばれただけだったとは。 「……はぁ……もうどうでもいいや。どうせ、柴家は俺の代で終わりなんだ」  いっそそっちのほうが清々しいではないか。もし俺に子どもがいたとしたら、きっとこの先もずっとその子の霊力の強さや寿命の長短について気を揉まねばならない。自分の寿命がいつ尽きるのか漠然とした不安を抱えつつ、子どもの寿命のことまで心配しながら生きるなんて、どんな苦行だ。 「しっかり神様にお仕えしてるつもりなんだけどなぁ。悪いものは祓って、人の役に立って、男に捨てられても健気に土蔵の掃除なんかしてさ……偉いじゃん、俺」  思い出すだけで半泣きだ。俺はマスクの中でぐずずと鼻を啜りながら土蔵の所蔵品にはたきをかけ、床に積もったほこりを竹箒とちりとりで綺麗にしていく。使わなくなった古い道具が山のように溜め込まれているのだが、自分の代になったらとっとと処分してやろうと俺は思った。  格子の嵌められた小さな窓が、くれなずむ夕空を真四角に切り取る。窓から差し込む光の帯の中、細かなほこりの粒が光を纏い、ふわふわ、きらきらと舞っていた。 「……ん?」  なにげなく光の筋を辿って床の方へ目をやると、所狭しと積み上げられた木箱や葛籠の中、いやに目立つ漆塗りの小箱が目に止まった。  チリ……と頬に淡く静電気が走るような感覚が、俺の目を鋭くする。  ——……妖気。  幽霊の気配を感じたときとは異なる感覚だ。あきらかに人ではないものの気配……いわゆる、妖あやかしと呼ばれるものの類の気配が、うっすらと漆塗りの小箱の辺りから漂っている。  ——とても微かだ。強いものはいない。……禍々しさも……感じられないな。なんだろう。  箱の前に膝をつき、目を閉じて気配を探ってみる。もっと幼い頃、学校の裏山で遊んでいる時にうっかり妖の巣をつついて怒らせてしまい、恐ろしい目に遭ったことがある。それ以来、ずいぶん慎重さが身についた。  とはいえ、俺にとっても妖は珍しい存在だ。これまでに二、三匹ほどしか見たことがない。十年ほど前に再開発が進んでからというもの、街は綺麗に新しくなり、暗く危険な場所はすっかり消え失せ治安が良くなったからな……と、祖父がしみじみ語っていたことを思い出す。 「なのに、うちに妖がいる? なんでだろう」  じり、じりと近づいてみても、感じ取れる力の強弱に変化はない。おそらく、よほど低級な妖なのだろう。意志を持たず、自然生物の一部のように存在するものだ。ものによっては、ケサランパサランだとか、オーブと呼ばれる微かな存在である。  そんなものか、と思うと、全身で緊張していたのがバカらしくなった。俺は肩をすくめ、ひょいとその箱を手に取ってみた。  ひんやりとした木箱だ。さっき画面を割ってしまったタブレットと同じくらいの大きさである。  両手で持ってみると軽く、中でころんと何かが転がる振動を感じた。しっとりとした漆の感触は、肌に馴染むような手触りの良さである。表には美しい螺鈿細工が施され、天をまう蝶の群れが見事に描かれている。  うっすらと積もったほこりをそっと手で払いのけてみると、螺鈿のきらめきがより際立つ。夕日を受けて玉虫色に輝く蝶の羽はどこか蠱惑的な妖しさを孕んでいた。  危険かもしれない——だが、開けてみたい。なにが入っているのか確認したい。好奇心に抗うことができず、俺はそっと箱の蓋を持ち上げた。 「……これは、巻物?」  複雑な紋様が描かれた一本の巻物が、箱の中に収められていた。かなり色褪せてはいるが、どうやら墨で書かれた文字のようである。巻物を閉じるためにぐるりと巻かれた紐はほとんど擦り切れていて、触れたらやすやすと崩れてしまいそうだ。一眼見ただけで、かなり古いものであることがわかる。 「これ……ひょっとして歴史的なもの? 博物館とかにもってったほうがいいやつ?」  個人宅の蔵から歴史的価値の高い品物が発見されて大騒ぎ——といった新聞の見出しが脳内にひらめき、俺は慌てて、片手に持っていた箱の蓋を元に戻そうとした。  だが、ふたたびピリッ!! とちりつくような痛みが指先に走った。痛みに驚いた俺は思わず、箱を巻物もろともその場に取り落としてしまった。  木の床に落ちた巻物が、落下の衝撃で小さく跳ね上がる。その刹那、巻物に巻き付いていた紐がぼろりと崩れ——……。  ぶわ…………!! と巻物から灰色の煙が溢れ出す。俺は目を見開き、とっさに口を覆って後退した。 「な、なんだこれ……!?」  この灰色の煙は、薄らいでいるが紛れもなく瘴気だ。霊力を持たない人間が吸い込むと、心身を病んでしまうほどの毒の煙だ。  すぐに巻物を閉じてしまわなくては……と、俺はめいっぱい手を伸ばした。だが、巻物から溢れ出す瘴気の煙はさらに濃さを増し、俺を飲み込まんとする勢いでますます広がりつづけていく。 「くそっ、なにも見えないっ……うう、ゲホッ、ゴホッ……」  視界を奪われて動くこともできず、俺は諦めてその場に膝をついたまま静観を決め込んだ。徐々に煙が薄らいでくるも、そこに邪悪な妖の気配があるわけではない。何かを封じていた巻物であることは間違いないだろうが、一体なにを封じていたのだ……? 怪訝に思いながら、俺はじっと薄灰色の煙の中を見据え続けた。  すると……。 「……ごほっ、ごっっほぉ……っ!!」  もわもわと立ち込めるもやの向こうに、小さなシルエットが浮かび上がっている。うずくまっているのだろうか、そのシルエットは随分と小さい。  目を凝らし、危険なものならばすぐに祓えるようにと腹の奥に力を込めた。 「……ど、どこやねん、ここは……!?」  ——人の声!? ……けど、なんか幼いような……?  咳き込みながら狼狽えるような声がする。……が、ずいぶんと声が細い。たとえるならば、ご近所の雨田さんちの五歳児と同じくらい、子どもっぽい声がする……。 「うぇっ、けむっ……それに、なんやねんこの体……っ! なんでこんなちっこいねん!?」  ——やっぱり、子どもの声だ。まさか、雨田さんちの子が土蔵に入ってきたんじゃ……!?  それはそれでかなりゾッとする話だ。俺は大慌てで立ち上がり、手で煙を払いながら、小さなシルエットのもとへと駆け寄った。 「こら、けんとくん! こんなとこにいたら危ないだろっ!」 「え……えっ!? うわぁぁ!!」  ひょいと脇の下に手を入れて小さなシルエットを抱き上げると——俺の視界に、金色の光がまばゆく映った。  ようやく鎮まりつつある煙の中、夕日を受けて金色(こんじき)に輝くのは、抱き上げた子どもの大きな瞳。不意に身体が浮き上がったことに仰天しているらしい子どもの目はまんまるに見開かれている。  流れるような黒髪に、褐色の肌。瞳孔が縦に鋭く裂けた、金色の瞳だ。  しかも額に……生え際の辺りに二本、小さなツノが生えている。 「……けんとくんじゃ、ない……」 「う、うわ、だ、だれやねんおまえ!! うわぁああ!!」  ツノを生やした金眼の子どもが、巻物から出てきた。

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