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22、優しい善行
虚無露の体液でドロドロに汚れた俺の身体を、黒波は家まで連れ帰り、きれいに洗い清めてくれた。
虚無露の巣となっていた妙な空間から外に出てみると、なんとそこは黒津地神社 と隣接する雑木林のなかだった。
昔は小学校のそばだったはずだが、あいつは黒波の匂いに刺激を受けて黒津地神社に近づいていた拍子に俺の存在に気づき、そこに根を張っていたらしい。
そして遠藤さんに取り憑き、俺に近づくタイミングを伺っていたのだろう。ずいぶんと用意周到な行動に驚かされるし、ずっと見張られていたのかと思うと気持ちが悪い。昔からやることなすことスケベっぽかったし、気持ち悪さしかない妖だった。
ぬるめの湯を溜めた風呂に一緒に浸かりながらウトウトしていた俺を、黒波はベッドまで運んでくれた。虚無露の瘴気にあてられて疲弊した身体を慣れたベッドに横たえると、ようやくひと心地ついたような気がしてホッとする。
「あの妖、あの男に渡して良かったんやろか」
ベッドの脇に座って俺の頭を撫でながら、黒波はそう呟いた。ついさっき、妖を斬り裂いた鉤爪を持った鬼の手とは思えないほどに優しい手だ。
俺はしばらく閉じていた目を開き、少し物憂げな金眼を見上げた。
「どんな妖だろうと、もう、黒波に殺すなんて行為をしてほしくなかったんだ」
「その気持ちはありがたいが、お前をあんな目に遭わせたやつやで? しかも、持って行った陰陽師もあれやしなぁ……」
「たぶん……たぶんだけど、静司さんは悪い人じゃないと思う」
俺は天井を見上げ、小さく息をついた。
「黒波を奪いたかったなら、もっとやりようがあったはずだし」
「そうか?」
「静司さんは蔵に巻物があることなんてとっくに知ってたと思う。なのに、それを奪って自分のものにはしなかった。……古都家、あの家の人たちはただ、悪鬼としての黒波が蘇らないかどうか、見守るのが役目だったんじゃないかなぁ」
「んー、そんなええもんやろか。めっちゃ気色悪かったで?」
……まあ確かに、静司さんは黒波に対して強い憧れを抱いていたみたいだから、個人的な感情は多少あったかもしれない。
だけど、これまでずっと見てきた静司さんの人柄を思うにつけ、黒波を所有して私利私欲のために使おうとするような悪徳陰陽師だとは思えない気がして……。
「ま、とりあえず様子をみようよ。……それにしても、なんであの場に静司さんと一緒に駆けつけられたんだ?」
「あぁ……それな」
聞けば、静司さんは今日も神社まで黒波をスカウトに来ていたらしい。じいちゃんが不在なので、黒波は人に変化して留守番しつつ境内の掃き掃除に精を出してたところだった。
そこへ、たっぷりの榊の束を持って静司さんがやってきた。「ほう……♡ 人間の姿でも素敵だなあ……かっこよすぎる写真撮ってもいいかないいよね?」と目をキラキラさせながらスマホを構え、「ねぇ、やっぱり僕と一緒に働かない?」と熱烈な誘いをかけてきたとか。
だがその時、黒波は救いを求める俺の声を聞き——……あの共闘とあいなったという。
「なるほどなあ……」
「別にあいつとなあなあしとったわけちゃうからな! 俺は、お前としかまぐわったりせぇへんからな!」
「わかってる、わかってるって……ふふ」
布団の上に置かれた黒波の手を、俺はそっと握りしめた。若干の焦りを滲ませている黒波をしっかりと見つめて、ひとことひとこと、噛み締めるように語りかけた。
「疑うわけないだろ。黒波は俺のこと、すごく大事にしてくれるしさ。そういうの、ほんと俺……幸せで」
「し、しあわせ……?」
「うん。ずっと、こうやって誰かに愛されたかった。それに、ちゃんと誰かを好きになってみたかった」
「……陽太郎」
「お前はさ、俺の孤独を打ち消してくれたんだ。それは俺にとって、何よりの善行だよ」
黒波の瞳が、うるりと揺れる。俺は微笑み、黒波の袖を引っ張った。
そっと重なった唇は、ほんのりとしょっぱい味がした。俺は腕を伸ばして黒波の髪の毛を梳きながら、しばらくゆったりとしたキスを交わす。
「……これからも俺を守ってくれるんだろ?」
「ああ、もちろんや」
「俺のそばに、ずっといてくれるんだろ?」
「ああ……いる。これから先もずっと、お前を愛すとここに誓おう」
飾らないまっすぐな愛の言葉だ。胸をつく喜びと多幸感に包まれて、俺はキスをしながらたまらずに微笑んだ。
徐々に深くなる口づけを交わし合ううち、黒波の身体が俺の上に覆いかぶさる。虚無露のせいで中途半端に昂り、まだじくじくと熱を残していた身体を丁寧に愛撫され、俺は何度もか細い喘ぎ声をあげて身悶えた。
挿入されただけで甘イキしてしまった俺の身体を抱きしめながら、黒波は悠然とした腰つきで俺を穿った。大きな身体に包み込まれて、何度もキスを交わしながら限界まで突き上げられ、俺は脳からほとばしるような快楽の波に溺れていた。
「んっ……ァん! んっ……はぁ……ぁっ!」
「陽太郎……ここは……あいつに犯されてへんやろな」
耳元で低く囁きながら、こつこつと最奥を切っ先で突いてくる黒波だ。そんな深い場所まで知る相手は黒波しかいない——そう伝えたかったけど、そこをノックされるたびに快感の痺れが走り、「ぁ! ァっ……! あん、っぁ……!」とくぐもった悲鳴しか漏らすことができなかった。
「おか……されてなぃ……っ、ん、ァっ……」
それでもかろうじてそれだけ口にすると、黒波はようやくホッとしたように眉根を下げ、ちゅっと柔らかな口づけを額に落とした。そしてやおら身を起こすと、俺の膝頭を掴んでさらに脚を大きく開かせ、ぐん、ぐんと雄々しい腰つきで俺を穿ち始める。
「そうか……よかった。……いや、舐め回されてるからよくはないねんけど、……でも、よかった」
「ん……ぁん、ァっ……! ……きもちいいよぉ……っ、ん、っ……!」
「……もう絶対、あんな危険な目には遭わせへんから。今後は絶対、すぐに俺の名を呼ぶんやで? ええな?」
「ん、っ……ァっ……! だめ、また……くる、ァっ……」
「ほんまにわかったんか? 陽太郎?」
「ん、わかっ……ァっ、いく、いぐぅっ……っ……!!」
こんなに気持ちよくされながら確認を取られても、返事のしようがないじゃないか。
もう何度目の絶頂かもわからない。内側を深く深く愛撫する黒波の動きに合わせて自ら腰を振りながら、俺は快楽を貪った。
求められる幸せに酔いしれて、艶然とした雄の魅力を放ちながら腰を振る黒波の美しさに見惚れ、向けられる切なげな眼差しに胸をときめかせながら、俺は果てのないような快楽に身を委ねる。
「ん、ぁ……はぁ、ナカ、ほしい……だしてよ、くろは……っ」
俺は四肢で黒波に絡みつき、休むことなく腰を振る黒波と濃密なキスをしながら中出しをせがんだ。
俺で感じてくれることが嬉しくてたまらなかったし、黒波から与えられるもの全てを俺のものにしたい——すると黒波はちゅうっと俺の唇を軽く吸って離したあと、艶っぽい困り顔でこう言った。
「俺が陽太郎から気を分けてもらってたはずやのに……今は、お前に全部搾り取られそうやわ」
「ん、んぅ……だって、くろはとエッチするの……きもちよくて、やめらんない……ん、ぁん……っ」
さすがは鬼というべきかなんというべきか、黒波の体力は俺の比ではない。しかも、いくら俺をイカせまくっても、ペニスはバキバキに固いままだ。
黒波のセックスは、俺の理性や知性などとっくに打ち壊している。ただただ快楽に溺れ、トロトロにとろけた顔で善がり狂う俺を見下ろし、黒波は眉間に皺を寄せて顔を歪める。
「ハァ…………くそっ、なんでこんな可愛いねん……」
「ふぁ、あっ……! また、おっきく……んっ、スゴイ、スゴイよぉっ……」
「ぁ……っ、はぁ、も……ナカ、よすぎて止まらへん」
俺の両脚をさらに大きく開かせ、黒波がさらに身を乗り出す。これ以上ないというほどの場所まで深くをこじ開けられる感覚に、俺はたまらず嬌声を上げ、内壁をひつくかせてイキまくった。
「ッ……はぁ……っ、陽太郎、いく……っ、出る……っ」
ひときわ大きく穿たれた瞬間、腹の奥で弾ける黒波の熱を感じた。ドクドクとたっぷり注ぎ込まれた欲望の残滓を全て受け止めながら、俺はしなだれかかってくる黒波を強く抱きしめる。
汗で濡れた肌と肌のあいだには、境界など存在しないように思えた。呼吸も拍動も、とはやどちらのものかはっきりしない。
それにとても安堵して……俺はとても、幸せだった。
「は……はっ……俺、明日またがきの姿になってたら……どないしょ……」
荒い呼吸のもと、ポツリと呟いた黒波の台詞に、俺は思わず笑ってしまった。
「そんなに……おれ、搾り取っちゃったか……?」
「……取られたし……もっと、お前の中でいきたいって思ってまうし……どうなってんねん、陽太郎の身体は……。よすぎるやろ」
「へ、へへっ……そんなに? へへっ」
汗や涙でぐしゃぐしゃの顔でへらりと笑うと、ちゅ、と黒波のキスが降ってくる。
何度もキスをしながらいろんな話をして、ゆったりと過ぎてゆく夜だった。
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