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第1話 いわゆる一目惚れ。

春の章『春を告げる鳥と花嵐』 「あっ」      友達に呼ばれて振り向いたのと、肩のあたりに軽い衝撃を感じたのは同時だった。    次の瞬間には、バラバラッ、と派手な音を立てて、廊下に本が散らばっていた。俺が持っていたものじゃない。  視線を向ければ、散らばった本の中心で少年が座り込んでいた。俯いて、額を撫でている。小さくて形の良い頭に、細っこい黒髪がさらさらと揺れた。   「あっごめ…」 「雲雀(ひばり)! 大丈夫か?!」    焦った様子で駆け寄ってきたのは飛鳥(あすか)だった。俺の言葉を遮って、座り込んでいる少年をキッと強く睨みつける。   「なにフラフラしてんだよ!」 「やめろよ」    鋭く大きな声に、思わず顔を顰めた。  俺を心配してくれているんだろうけど、こんな言い方は好きじゃない。   「こっちがぶつかったんだ。そんな言い方ないだろ」 「で、でもっ……」 「ごめんな」    飛鳥は少し怯んだけど、敵意を隠そうとしなかった。俺はしゃがみこんで、その子に手を差し出した。怒っている飛鳥より、怒鳴られても顔を上げない、この子の方が心配だ。   「大丈夫? 立てる?」 「ん、んー……?」    差し出された手に気づいて、その子は手を取ってくれた。柔らかくて、暖かい。細くて白い指先には、桜貝みたいな可愛らしい爪が乗っている。  彼は、ゆっくりと顔を上げた。  おっとりとした柔らかい眼差しが、俺を見上げている。   「大丈夫。ありがとう」    微笑みとともに、ふわりと、微かに淡く甘く、香る。    ――お日様と花の香り。  ――春のはじまり みたいだ。         「……」 「……? ……あの……?」    はっと気付くと、その子は俺を見つめ、首を傾げていた。桃色の瞳がぱちぱち、と、不思議そうに瞬きを繰り返して、困ったように微笑んでいる。   (……? 何だろう?)    俺も一緒になって首を傾げ、曖昧に微笑む。中性的で整った顔立ちに淡い桃色の目。その下には、2つの黒子がお行儀よく並んでいる。  なんとなく、彼の視線の先を追う。  そこでやっと、彼の手をしっかりと掴んだままだということに気付いた。   「……あー、えっと、その」    彼の困った顔の原因を知って、頬に熱が集まる。誤魔化すように笑ってみるが、その手を離す気にはなれなかった。   「……っ! いつまで握ってんだよ!」    苛立ちと嫌悪を露わにして、飛鳥が俺と彼を引き裂く。バシンッと大きな音で弾かれて、彼の手が離れていく。僅かに露わになったあの子の細い手首に、何かがきらりと光った。    ――あっ    俺は離れる瞬間、指先に触れたものに引き寄せられるように、しっかり掴む。ブツリ、と切れる振動が掌から伝わってきた。    手の中のそれを確認する前に、飛鳥が俺と彼の前に割って入った。彼はまだ座り込んだまま、手を擦っている。  弾かれる時に大きな音がしたのに、俺の手に痛みがなかったのは彼の手が打たれたかららしい。少し大きめの制服に隠れてしまって、手首はもう見えなくなっていた。    飛鳥は猫のような眼をさらに吊り上げている。小さな体で怒りを膨らませて、敵意で滅多刺しにするように彼を睨む。  飛鳥が彼の何がそんなに気に入らないのか、俺にはわからなかった。    止めようと声を掛ける前に、何かに気づいたように飛鳥の身体が震えた。   「お前……!? 東校舎の制服……! それにその首……!」    その言葉で俺もようやく気付いた。  彼の愛らしさにばかり気を取られていた。    彼は、俺がいる西校舎に在籍する生徒用のブレザーではなく、セーラー襟の制服を身に纏っている。    この学園では生徒は2つの校舎に分けられていた。  ――αとΩという思春期に発現する第ニの特殊な性。  その性差を理由に、俺と同じようにαの性を持つなら西校舎、Ωの性を持つならば東校舎というように。    彼がβであるなら、何も問題はない。βはどちらにでも在籍できる。    しかし、彼の細い首には、花の刺繍で埋め尽くされた首飾りがあった。少し幅の広いデザインは、彼の細い首にピッタリと巻かれている。  まるで、純潔を守るかのように。    首筋を人前には決して晒さず、守り抜く必要があるのは――     「お前、Ωだろ!!」      その少年の第二の性が、Ωであることを示していた。

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