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第12話 リダイヤル②

 セントラル各所に配置されているカーレンタルの九割は既に電気自動車に切り替わっている。市営パーキングで自由に借り戻しできる利便性もあって、元々公共交通機関で網羅できる市内移動のために自家用車を持つ市民はほとんどいない。  ミランが運転席に座るなり帽子を取った。鳥の羽に似た特徴的な癖を持つブロンドは白に近く、だがケヴィンのそれとは真逆だ。痛みきって色が抜けた、という印象を持たせない。  666というバンドの売り出し方の一つとして、ミランとドミトリの外見は明らかなコンセプトを持っているようだった。実際、666が今冬出演する件のドラマでも、彼らは人ならざる未確認生物として——ミランは天使として、ドミトリは悪魔としての役が与えられている。  陶器のような白い肌と白鳥の羽のような髪を持つミランは冷徹な天使のようだし、心地よい微笑みを浮かべる頬に意味深な黒子と鴉の羽のような髪を持つドミトリは狡猾な悪魔のモチーフに合致している。  とはいえその天使が男とディープキスをすると知れば、世間は困惑するだろう。今度こそケヴィンは法定速度を無視した車に轢き殺されるかもしれない。  ミランの運転は至極まともなものだった。助手席にいるケヴィンがシートベルトの存在感を強く感じるようなこともない。  高速道路の無料区間を当然のように無視して、車は全ての道程を下道とすることを選んだ。高速道路を使うより十五分ほど到着が遅れるが、元よりそう長い時間ではない。 「明日、」  中心街を抜けて車線が減り、久しぶりの対向車であるトラックとすれ違ってすぐにミランが口を開いた。 「音楽番組の収録がある。二部編成だ、深夜までかかるだろう。本当はレコード会社からマネージャが来る予定だったが、あなたに問題ないようなら」 「十八時に迎えに行く。収録は中央テレビ本社だろ、渋滞があっても余裕で着く」 「迎えに来る場所は分かる?」 「お前さんたちが借りてるスタジオ、ダンデ通り二丁目三番十一号」 「それは覚えていたのか」  俺のことは忘れたのに、と暗に言われたようなものだ。だが言葉としては言われていない。 「常に仕事の引継書を作っておく。ISCの新入社員研修で教わることだ」 「自分自身に引継書を使うのはあなたぐらいだろうね」 「嫌味か?」 「俺たちを守るはずのガードマンが交通事故に遭ったんだ、これくらいは許して欲しいな」 「正論だ」  ケヴィンは手に持った煙草の箱を弄んだ。カーレンタルは原則車内禁煙だ。まだ半分しか吸っていない先端のつぶれた一本目が銀紙の中で燻っている。公共に貸し出されるものだから仕方がない。喫煙者を借りるなら事前予約がいる。 「だから言ったんだ、気をつけろって……」  しばらく黙り込んでいたミランが零した。車窓から見える景色は既にセントラルの高層ビル群を抜けて、途端に色褪せた古写真のようになっている。区境は特にセントラルへ向かう交通網によって田園や発電所、工場が山々の間に点在する。 「俺が轢かれた理由に心当たりがありそうだな」  貸しコテージが——それでも数キロごとの間隔で——立ち並ぶ葦の原へ無造作に車を停めて、ドアを開ける。蒸せ返るような土と青臭い匂いがする。草木の匂いだ。それ以外には何もない。  ミランは眉を顰めて答えなかった。ケヴィンは不機嫌そうな雰囲気を感じ取り、同じように黙ってコテージの鍵を開ける。何度も撥水性の白いペンキを塗り込められたコテージの外見は、遠目にみれば新婚夫婦が夢見そうなこぢんまりした邸宅だが、周辺一帯の褪せた草原の退廃的な空気には耐えきれないだろう。  玄関を開けると短い廊下があり、左手にリビングダイニング、右手に閉じたドアが二つ並んでいる。二階はない。正面奥は物置と浴室だ。  室内は閑散としていた。備え付けの家具はヴィンテージ風とは言えば聞こえいい程度の古びたもので、しかし機能的には問題ない。ケヴィンが買ってきたものを適当に冷蔵庫へ突っ込む間、ミランはリビングのテレビ横にある本棚を眺めていた。 「本は硬派なタイトルばかりなのに、映画はB級ばかりだな」 「世間のB級が俺にとってはA級だ」 「サメの映画しかない」 「サメが好きなんだ」ケヴィンはキッチンの流しで手を洗った。蛇口から出る水の透明さに、密かに安堵する。「コーヒーに砂糖は?」  ミランは顔だけをケヴィンに向けて頷いた。ミルクは備えつきがなかった。砂糖もどこかで買った飲み物についてきたのだろう細長い個包装のものがシンクに転がっていただけだ。  コンロで二人分の水を沸騰させ、ノーブランドのインスタントコーヒーを二つ用意する。片方に砂糖を入れてリビングへ行くと、ミランはケヴィンが腰を下ろしたスツールとは対面にあるソファへ腰掛けた。  砂糖入りのコーヒーをケヴィンが差し出す。ミランが手を伸ばす。  しかしミランの指先はカップを掴むことができなかった。

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