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第4話 名前のない関係★
蓮香は栄転して来ただけあって、非常に優秀な人材だった。祐輔が渡した自社製品の資料も、あっという間に把握し、すぐに踏み込んだ質問をしてくるようになる。その様子を見ていた筧が、若い時の桃澤そっくりだな、と満足そうに笑っていた。
初対面こそふざけた出会いだったが、蓮香は仕事に関しては真面目で、すぐに他の社員とも打ち解けるコミュ力もある。管理職となった祐輔の目標の一つは、蓮香を後釜として育て上げることだ。
そして、不本意ながらなってしまった、恋人としての蓮香は、祐輔との約束通り、会社ではそういう素振りを一切見せない。けれど、家が隣とあって毎日のように祐輔の家に乗り込んで来るのだ。
「……あっ、ちょ、……せめて靴脱げよっ」
祐輔はドア脇の壁に押し付けられ、蓮香に乳首をいじられていた。ワイシャツ越しに爪で引っ掻かれ、その刺激の度走る甘い痺れに力が抜けていく。
「嫌です。俺、会社ではずっと我慢してるんですよ?」
蓮香はそう言って、くちゅ、とキスをしてくる。舌を絡め取られ吸い上げられると、腰がゾクゾクして足から力が抜けそうになった。それを蓮香がしっかりした腕で腰を支えてくれる。
「……っ」
密着したスラックス越しに、蓮香の熱いものを感じた。祐輔も同じように硬くなっていて、蓮香はそこを合わせるように擦りつけてくる。胸への刺激と相まって、祐輔は掠れた声を上げた。
「あっ……んなの、擦りつけんな……っ」
「どうして? 桃澤さんも勃ってるのに?」
そう言って、蓮香は再び口を塞いでくる。実際、蓮香の愛撫はとても悦かった。悦すぎて何度も射精を伴わないオーガズムに達し、足腰が立たなくなることもしばしばだ。
けれど、それだけやっても蓮香が興味を持つのは祐輔の乳首で、そこをメインに責め続ける。
「出るから……っ、スラックス汚したくないっ」
ビクン、と背中が反った。止めない胸への刺激に一気に何かがせり上がってきて、祐輔は絶頂する。
「──ッ!!」
ガクガクガクと膝が震えて身体が硬直した。下着の中が濡れていないことにホッとしたのも束の間、蓮香はまた祐輔の胸をいじり倒す。
「も、止め……っ、イッたっ、イッただろ……っ?」
「ダメです。俺はTANAKAさんの、何度もイク姿が見たい」
「う、……ダメ止めろっ、いく、イクイクイク……ッ」
一度達するとイキやすくなるようで、祐輔は小さく悲鳴を上げて絶頂した。クラクラする頭で脱力すると、間近で蓮香が祐輔の顔を見ている。
半開きの唇は少し厚め。綺麗なアーモンド型の目は祐輔の目を見つめ、額には汗の粒が浮かんでいた。
蓮香は何もしていないのに、と思うのに、汗をかいているのはそれ程興奮しているからだろうか、と眺めていると、その顔が近付く。
「かわいい、TANAKAさん……」
そう言って、啄むだけのキスをされた。
「おま……その名前で呼ぶの止めろ」
「だって、祐輔さんって呼ばせてくれないじゃないですか」
「……」
拗ねたような顔の蓮香から視線を外すと、祐輔は彼の腕の中から抜け出す。こちらは身バレしたのを黙っていてもらう代わりに、恋人ごっこに付き合っているのだ。別に名前呼びなんて何のこだわりもないけれど、何となくそれを許すのは嫌で、お互い苗字で呼びあっている。
「桃澤さんって呼んでも、特別感ないですし……」
さっさとリビングに行く祐輔を、長い足で追いかけてくる蓮香はまるで大型犬のようだ。顔を見れば嬉しそうにし、しっぽを振りながらこちらへやってくる。基本ベタベタされるのが嫌いな祐輔が彼をあしらうと、シュンと耳としっぽを垂れる大型犬。
(あー、ゴールデンレトリバー。うん、そんな感じ)
近所で飼われていた犬を思い出し、祐輔は蓮香を心の中で犬と呼ぶことにした。
「特別感なんて要らないだろ、俺は秘密を黙っててもらうために付き合ってるんだから」
「……あはー、そうでした」
軽く笑う蓮香は、ソファーに座った祐輔を押し倒してくる。
「桃澤さん、出さなくていいですか?」
「お前こそ、家片付けなくていいのか?」
祐輔は上にのしかかってくる蓮香にされるまま、ソファーに横になった。蓮香は隣の家に引っ越してきたのだが、毎日のように祐輔の家に来ているので、片付けが進んでいるか怪しいところだ。
初めて会った時、タオルを探すのに時間が掛かっていたのは、まだ荷解きをしていなかったかららしい。途中で足を荷物に引っ掛け雪崩を起こし、とりあえず手荷物で持ってきた着替えを祐輔に渡したようだった。
元いた住人はお婆さんだったと話すと、どうやら蓮香のお母さんらしく、彼のお兄さんに世話になるので、通勤に便利なあの家に住むことにしたらしい。タイミングよかったな、と言うとなぜか蓮香は曖昧な返事をしていたが。
「……まあ、とりあえず生活には支障がない位には、片付いたんで」
「あっそう」
蓮香のその言葉が本当かどうか、祐輔は興味がない。ただ、TANAKAが祐輔だということを、黙っていてくれたらいい、と蓮香のキスを受け入れる。
「ん……」
すり、と蓮香が下半身を押し付けてきた。今更ながら男同士なのに、どうして蓮香は祐輔にここまで興味を持ったのだろう?
(……それこそ、身バレさえしなきゃ俺にはどうでもいいな)
黙っていてもらう代わりに、蓮香の好きなように触らせてあげる。そこでお互いの条件は満たされている訳だ。それ以外は突っ込まなくていいだろう、と祐輔はまた胸に伸びてきた蓮香の指に意識を集中した。
蓮香の触り方は気持ちいい。嫌だと言ったら止めてくれる。不利なのは祐輔のはずなのに、蓮香はどこまでも優しく接してくる。その理由は考えなくていい──考えたくない。
「……っ、ん……っ」
「ああ……桃澤さん、かわいい……」
いつの間にか脱がされていたスラックスと下着が、右膝で丸まっていた。蓮香のゴツゴツした大きな手が、彼と祐輔の中心をまとめて握り、扱き上げる。
やがて迫ってきた感覚に、祐輔は抗わず身を委ね、解放した。同時に蓮香も果て、残滓がワイシャツを汚す。
はあはあと二人の乱れた呼吸の音だけが、祐輔の意識を支配した。蓮香はやはり祐輔の顔を間近で見ていて、その瞳の奥の熱に気付かないふりをし、片手でティッシュの箱を探る。
「すみません、シャツ汚してしまいましたね……」
ふう、と起き上がった蓮香は、手を伸ばしてティッシュを取ってくれた。
「ちょっと考えたら分かるだろ。毎回毎回……」
手でお互いを慰めるのもほぼ毎日なのに、蓮香は何かしら汚してくれる。言わない祐輔も同罪だけれど、蓮香が好きに触るという条件なので、祐輔からは手も口も出さない。
「何か……夢中になっちゃうんですよね……すみません」
「それは一緒に仕事してて、身をもって知った」
蓮香はいわゆる一点集中型だ。周りが見えなくなるほど集中するのは長所だが、逆に視野が狭くなるのが欠点だ。資料を読んでいた蓮香が、内線の電話にも社員の呼びかけにも応じなかったのを思い出して、ため息をつく。
「ああもう、擦るな」
祐輔は、ティッシュでゴシゴシと拭き取る蓮香からそれを奪い、精液を掬い取るように拭いた。
「お前、メシは?」
「あ、……まだです」
蓮香の返答にやっぱりな、と起き上がると「適当に作るから食べていけ」と下着を穿く。
この、身体を触らせた後に、祐輔が食事を作ることも毎回だ。そして嬉しそうに祐輔が作った料理を食べ、名残惜しそうに祐輔のアパートを出ていく。
この関係を、祐輔はどう表現したらいいのか分からなかった。恋人と言うには感情が伴っていないし、セフレと言うほど身体も求めていない。脅し脅されの関係も、蓮香の態度からして何か違う。
「……何で、触られるの嫌じゃないんだろうな? 男なのに……」
そう独りごちて、祐輔は食器を無心で片付けた。
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