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第19話 告白
「あ、どうも……」
蓮香は柄にもなく緊張してしまって、まともなお礼が言えなかった。それでも柳は嫌な顔をせず、微笑む。それがまた芳川と違って可憐で、本当に周りに花があるのではないか、と錯覚したほどだ。
「そろそろ事務所閉めたいんですけど、まだかかりそうです?」
「え? ……あっ、ええっ?」
どうやら集中し過ぎてしまい、定時を大幅に過ぎていたことに気付かなかったらしい。慌てて帰り支度を始めると、柳はクスクスと笑っていた。その笑い声すら綺麗でくすぐったく聞こえて、かあっと顔が熱くなる。
「すみません、集中しちゃうと周りが見えなくなるみたいで……」
「そうですね。えっとー、蓮香さん、ですっけ?」
「あ、はい。新卒で入社したばかりです。よろしくお願いします」
自分でも、女性と話す時にこんなにドキドキすることなんてない、と驚いていた。柳の全部がかわいく、綺麗に見えて、何とかしてこのひとを振り向かせたい、そんな気持ちに支配される。
「……ああ、入社した時、私お休み頂いてたし、挨拶し損ねていましたね。総務の柳です、どうぞよろしく」
笑って髪を指で耳にかける仕草にすらドキドキして、蓮香は挨拶を返しながら、心臓の音が柳に聞こえていないか心配になった。どうしよう、何もかもがかわいい。
「あっ、事務所閉めるんでしたね。すみません、すぐに出ます」
「……はい」
慌てて立ち上がった蓮香が面白かったのか、柳はまた笑った。芳川の歪んだ笑顔とは違い、真っ直ぐにこちらを微笑ましく見る柳の笑顔は、もっと見ていたいと思う。
今まで付き合ったどの彼女より、激しい感情に見舞われたのは初めてだった。告白されることが多かった蓮香だが、初めて自分から告白したいと思ったのだ。
これがいわゆる一目惚れってやつか。そう思いながら事務所を出る。どうやら二人きりではなかったようで、数名の社員も他にいたけれど、蓮香はもう、柳しか目に入っていなかった。
「柳さんは、車通勤ですか?」
「ええ。……どうしてそんなことを?」
そう聞かれて、どうしてそんなことを聞いたのか、自分でも分からなかったことに気付く。何か言わないと、と懸命に思考を巡らせ、咄嗟に出てきたことを言った。
「いえ、夜は冷えるので……車なら暖かいですね。お疲れ様でした」
「ふふ、ありがとうございます。お疲れ様でした」
そう言って駐車場へ向かう柳の後ろ姿を見送りながら、蓮香は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
できるなら、柳を自宅まで送りたい。もっと一緒にいて話がしたい──さすがに会ってすぐにこれでは引いてしまうだろう。いくら一目惚れしたからと言って、自分の気持ちを押し付けるような真似はしたくない。
でももし、自分が告白して、柳が笑ってくれたなら。
「うわぁ、かわいいなぁ……」
顔どころか全身が熱くなって、蓮香は手で顔を覆う。妄想でここまで照れることができるなんて、本当に恋はひとをおかしくさせるらしい。自分の中から湧き上がる衝動は、狂おしいほど切なくて、だけど甘い。
明日も話すチャンスがありますように。そう願って蓮香は帰路に着いた。
◇◇
しかし、一点集中な蓮香の性格からして、黙って柳を見ているなんてことはできなかった。何をしていても柳のことを考えてしまい、仕事も手につかない。
支社と言っても狭い事務所、少し見渡せば全員を見ることができる社内では、少しでも変化があれば気付かれてしまう訳で。
「どうした蓮香、調子でも悪いのか?」
ボーッとしていたらしい、いつの間にか本社の筧がそばにいて、蓮香は苦笑する。
「そうですね……恋煩いです」
笑って冗談めかしてそう言うと、筧も笑った。若いねぇ、と言いながら事務所を出ていく。それを追った先に柳がいて、目が合った瞬間、視線を逸らされた。
(もしかして、今の聞かれたかな?)
それなら話は早い、と思ってしまい、今日の帰りに捕まえて勢いで告白してしまおう、と決める。そうしたら俄然やる気が出てきて、一日の仕事がみるみるうちに片付いていった。
そして定時で上がると同時に、柳の席に行く。柳も帰ろうとしていて、もっと丁度いいと思い、声を掛けた。
「あの、少し話がしたいんですけど、いいですか?」
柳はさすが落ち着いているだけあって、笑顔で了承してくれる。
これは後々聞いた話だが、あの流れで本当に告白しに来るとは思わなかった、と柳には笑われた。そうしないと何も手につかなくなると思ったし、自分の気持ちを黙っておくことも、性分としてできない。ならばさっさと告白して、早めに振られた方が傷は浅くて済むと思ったのだ。
二人で駐車場まで行くと、空はもう暗がりかけている。日中は暑くなってきたほどだけれど、まだまだ夜は寒い。
「寒いから、手短に話します。俺、柳さんが好きです。昨日初めてあなたに会いましたが、一目惚れしました。よかったら付き合ってください」
一気に言うと、自分の気持ちは幾分かスッキリした。けれど柳は黙っていて、迷惑だったかな、とヒヤリとする。
蓮香は柳を見た。柳は俯いて視線を下に落としていて、迷っているのは明らかだった。けれど薄闇の中でもその頬が赤いのは、少し期待してもいいだろうか、なんて思ってしまう。
「えっと……」
長いまつ毛と大きな瞳が、忙しなく動いているのがかわいい。思わずそのまつ毛をつまみたいと思って、今それをやったら確実に振られる、と思い直した。
「正直、私は蓮香さんのこと、知り合ったばかりだし何も知らなくて……」
「はい、これからでいいので知ってもらいたいです」
お友達からじゃダメですか? と上目遣いに見上げられ、ばくん、と大きく心臓が跳ねる。血圧の急上昇に胸が痛くなって押さえると、柳が心配そうに顔を覗き込んできた。
「ちょ、……今は見ないでください。すみません、一旦落ち着きます……」
蓮香はそう言って、両手で顔を覆って柳に背中を向ける。すーはーと深呼吸して、手を退けると、まだ心臓はバクバクしているものの、少し落ち着いたので柳に向き直った。
「じゃあ友達から。お願いします」
「……はい。お願いします」
少しはにかんだように笑った柳に、蓮香はまた悶えたのは言うまでもない。
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