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第20話 幸せと、不幸せと

「それが奥さんとの出逢いだったのか」  祐輔は複雑な気持ちでそう呟く。  このあと、柳は亡くなってしまうことが分かっているだけに、蓮香の真っ直ぐな気持ちが折れてしまったことは安易に想像できた。けれどだからこそ、二人の進展も早かったんだろうな、とも思う。 「そうですね……。その頃は完全に舞い上がっていて、芳川の存在をすっかり忘れていました。実際連絡もなかったですし」  今までの芳川の行動からすれば、また蓮香の恋路を邪魔してくることは明らかだった。一体なぜそこまで蓮香の邪魔をするのか、分からないけれど。 「結局芳川は、自分より幸せに見えるひとが許せないんだと思います。……俺の勝手な想像ですけど」  その証拠となるような出来事が、これから話す内容にはあるらしい。祐輔は蓮香の眉間に皺が寄ったことに気付いて、そっとそこを指で撫でた。 「……本当に好きだったんだな……」  俺以上に、という言葉は飲み込んだ。しかし蓮香は気付いたらしい。ひとつ優しいキスをくれる。 「あくまで過去形です。美嘉(みか)のことは、祐輔さんと出逢って過去のことになりつつありますから」  信じてください、そこもきちんと話しますから、と頭を撫でられる。  確かに、妻を亡くしたとはいえ、そこから恋愛対象が同性にいくのは少し無理がある。そしてそこで想像したのが、少し聞いただけの芳川の存在だ。悪い予感しかしない。  すると、蓮香ははあ、とため息をついて祐輔を優しく抱き締めた。温もりを求めるように頬を擦り寄せるので、祐輔も同じようにして受け入れる。 「……」  しかし、祐輔はすぐに少し離れて、彼の腕を手繰り寄せ手を握った。僅かな振動が伝わってきて、その手を握ったまま自分の胸に押し当てる。 「すみません……止まらなくて……」 「大丈夫」  謝る蓮香の声が震えた。思い出すのも辛いだろうに、話してくれると言った蓮香の気持ちを汲みたい、祐輔はそう思う。 「祐輔さん、……キスしていいですか?」 「……ん」  祐輔は目を閉じた。蓮香が動く気配がして、触れるだけのキスをされる。もう一回、そしてもう一回と唇が触れ、四回目のキスで唇を吸われ、リップ音がすると、祐輔は腰からじわりと快感が生まれるのを感じた。  はあ、と吐いた息が甘い。蓮香を見ると、彼も欲情を湛えた瞳でこちらを見ている。 「したい……けど、そうなると話、できなくなるな」 「ですね……」  密着した身体からお互いの熱が伝わって、強く相手が欲しいと願う。けれど今じゃない、と祐輔は蓮香の視線から逃げた。 「大体、俺も本調子じゃないし……」 「……そうでした」  蓮香が苦笑した。その軽い吐息さえも祐輔の耳をくすぐって、理性に逆らって熱くなりそうな身体を鎮める為に、大きく息を吐く。  蓮香は再び話し始めた。 「……それから、一ヶ月弱くらいで付き合うことになりました」  蓮香は付き合ってからも、気持ちが落ち着くどころかどんどん柳を好きになっていった。こんなに一人のひとを四六時中考えていることなんて初めてで、それを柳に話したら、照れて笑っていた顔が忘れられないと言う。 「本当に、幸せでした。社内でも案の定公認の仲になって、いつ結婚するのかと周りから言われてましたね」  そうは言っても蓮香は新卒で入社したばかり、柳も二つ年上で若いカップルだ。蓮香はそれでもいいと思っていたけれど、柳は結婚にまだ消極的だった。 「彼女、やりたいことがあったみたいで」 「やりたいこと?」  祐輔は聞き返す。蓮香は頷くと、懐かしむように笑う。 「文房具マニアだったんです。ブログや動画サイトで紹介して、収益化したいって」  どうやら総務にいた理由もそれで、色んな文具を扱えるからという、趣味と実益を兼ねた業務をしていて、幸せだったようだ。 「企業向けに受注、配達してくれるサービスがあるじゃないですか。あの分厚いカタログ見てニコニコしてるんですよ」  それだったら文具屋とか、そっち系の企業に就職しなかったのかと祐輔は尋ねると、私はあくまで消費者でいたいの、と言っていたと蓮香は苦笑する。それは本当に筋金入りだ、と祐輔も笑った。  柳のことを話す蓮香は幸せそうで、運命はどうしてそのまま、蓮香を幸せにしてくれなかったのだろう、と祐輔は悲しくなる。 「ただ、美嘉は身体が弱くて、……度々体調を崩していたんです」  思えば、俺が入社した時に休んでいたのも、そのせいでした、と蓮香は再び眉を下げた。  それもあって、蓮香は社会人になったばかりながらも、柳を支えようと、結婚の話を何回か持ちかけた。けれど柳は首を縦に振らず、ある程度収益化できてからと譲らなかった。 「それも、美嘉なりに俺を支えようとして、副業にしたかったみたいです。けど……」  蓮香の言葉が止まる。祐輔は彼を見ると、彼の目は潤んでいた。勇気付けるために、背中を軽くポンポンと叩く。 「年末の休みに入った頃でした。大晦日に会おうって話をしていたのに、どうしても会いたいって言われて……」  電話でそのやり取りをしたけれど、柳の口調からして、いい話ではないと蓮香は思ったそうだ。だからすぐに家を出て一人暮らしの彼女の家に向かい、話を聞きに行った。  蓮香がグッと言葉を詰まらせる。手の震えも再び始まり、祐輔は両手で彼の手を包んだ。  大丈夫、俺がついてる。そう思ってその手にキスをした。

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