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第五章 深まる秋 後夜祭
陽が落ちると、後夜祭が始まる。小雨が降り始めていた。俺も体育館へと急ぐ。スマホを教室に忘れたことを思い出し、一旦戻ろうとして、やっぱりやめた。体育館の窓を、赤や青や緑のライトがド派手に照らしているのが見えた。オープニングが既に始まっているのだ。
「悠ちゃん、こっち」
上級生ほどステージの近く、下級生はより後方に集まっていたが、その中でも最後方の位置に、樹はいた。
「まだ始まったところだよ」
軽音楽部のバンドが演奏していた。ボーカルが唸り、ギターを掻き鳴らし、ドラムを打ち鳴らす。観客は手拍子や足拍子でリズムに乗り、拳を振り上げて高くジャンプし、コールアンドレスポンスで盛り上がる。
目まぐるしく色を変えるライトがステージを明るく照らし、スポットライトが舐めるように館内を駆け巡る。光が頭上を掠めて壁を這いずり回り、音が天井から反響して窓ガラスを震わせる。数百の生徒が集うこの閉ざされた空間は、いつしか熱狂の渦に巻き込まれていた。
一日中動き回って疲れた体が、狂わしい熱気にあてられて浮き立つようだ。胸の中がぐるぐるする。頭の中がぐわんぐわんうるさい。樹はどうなのだろう。ふと隣を見ると、目が合った。紫のライトが過り、横顔に妖しい影が差す。
「抜け出しちゃおうか」
強く手を引かれる。振り払えなかった。
体育館脇の男子トイレの一番奥の個室に引きずり込まれた。切れかけた蛍光灯が明滅を繰り返す。
「……本気か?」
「ちょっとだけだから」
背後から抱きすくめられ、顎を掴まれて唇を奪われた。厚い舌が、空っぽの口の中をたっぷり満たす。溢れた唾液が喉を伝い、シャツの内側に滴り落ちる。襟を押し広げられ、剥き出しになった首筋に吸い付かれた。チリ、と焼けるような痛みが一瞬走る。長い舌が這い、髪の生え際をなぞられ、耳の裏を舐められる。耳たぶを食まれ、果ては、耳の穴にまで舌が這入り込む。
「ひぁ……」
「……悠李」
熱っぽい吐息混じりの囁きが、鼓膜を直接撫でる。たったそれだけのことで、俺の体は俺のものではなくなる。
その手間さえ惜しいというような性急な手付きで、キャメルのカーディガンのボタンを外され、引き千切るようにシャツの前を開けさせられた。隙間風が寒いのに、樹がその大きな手で撫で回すから、だんだん汗ばんできてしまう。
「ねぇ、ここ」
掌で撫で上げるように胸を揉まれ、しなやかな指先で尖端を突つかれると、腰がじんわりと重たくなる。
「勃起してる」
「い、いうな……」
乳首が固くなることも勃起というのだろうか。確かに血液が集まる感覚はあって、弄られるとますます固く尖っていく。はしたないだろうか。男のくせに、乳首を勃たせているなんて。
「かわいい」
耳を舐めながら興奮したような声で囁かれると、どうしようもなく嬉しい。でも、そういうところが俺の浅ましさなんじゃないのか。男のくせに、男にかわいいと言われて喜んでいていいのだろうか。
「気持ちいいね」
俺は、ただ唇を噛んで俯くことしかできない。勃起すると、神経が剥き出しになったみたいに敏感になるらしかった。くるり、くるりと円を描くように、尖端をゆっくり優しく捏ねられるだけで堪らない。樹の指の動きに合わせて、腰が勝手にくねってしまう。
「ぅ……んン……っ」
今にも倒れ込んでしまいそうで怖くて、俺は必死に樹の腕に縋り付いた。切なさをぶつけるように、体を擦り付ける。
「あっ……」
「あ……?」
ごり、と腰に硬いものが当たる。ベルトのバックルのようで、そうではない。
「……ごめん。やっぱり、ちょっとじゃ済まないかも」
ベルトを外す無機質な音が、背後から聞こえた。樹に支えられてようやく姿勢を保っていた俺は、とうとう膝から崩れ落ちた。ガチャン、という冷たい音が薄暗い個室内に響く。一応便座が下りているとはいえ、便器に膝をついてしまった。
樹の手が前に回って、ベルトを外された。下着ごとスラックスをずり下ろされる。何も覆い隠すものがない剥き出しの尻を、樹の眼前に晒す恰好になる。トイレで尻を出すのは普通のことかもしれないが、普通は二人で個室に入ったりしない。
切れかけの蛍光灯が、ついに果てた。小窓から僅かに差し込む光は紫。雨音を掻い潜って聞こえるのはパンクロック。――そうだ。ここは学校で、体育館では後夜祭の真っ最中なのだった。どうしよう。いいのかな。こんなところでこんなことして。もしも誰かに見つかったら……
「脚、締めてて」
樹は、俺の腰をしっかりと掴んで引き寄せた。俺は、バランスを崩して陶器のタンクにしがみつく。まるで尻を突き出すような、恥ずかしい恰好になってしまった。かと思うと、熱くて硬いものが尻の谷間をゆっくりとなぞる。
「んぁ……? な、なに……」
「安心して。挿れないから……」
「いれ……?」
ゆっくりと太腿の隙間に滑り込み、会陰から玉の間を擦られて、そしてまた尻の方へと戻っていく。繰り返し、棒状のそれが太腿の間を行き来する。一番奥まで這入られると、樹の下腹と俺の尻が密着する。ざらざらした下生えの感触が何とも言えない。
「すご、これ……ほんとにしてるみたい……っ」
樹は、息を荒くして腰を前後に動かし始める。腰を打ち付けられる度に、勝手に声が漏れるのが恥ずかしい。
「なっ、なんか、これ、……ん、ンっ、変だっ、ぁ……」
濡れそぼった先っぽが、俺の敏感なところをぐりぐり擦る。擦るというより、最早突かれる感じだ。後ろから突かれて、敏感なところを擦られる。衝撃で、俺のものまでぶるぶる震える。二人分の先走りが、便器の中にぼたぼた落ちた。
ふと、真っ暗なドアの向こうが気になった。もしも誰かが用を足しに来たらどうしようって。もしそうなったら今後の学生生活は地獄確定なのに、ぞくぞくしたものが背を駆けてやまない。
「悠李」
口の中に指を突っ込まれた。舌を引っ張られ、扱かれる。
「外なんて気にしてないで、ちゃんと集中して」
「ゃ、ふぁ、れも……」
「大丈夫。さっきより雨足強まってきたから、紛れて聞こえないよ。それより、さ。もっと締めて? ぎゅうってしてくれ」
「、んン……」
太腿に力を入れるとイキやすくなるからいやだ。けど、にゅるん、にゅるんと滑らかに出入りする樹の形をはっきりと感じ取ることができて……やっぱりいやだ。もうほとんど腰が立たない。ガタガタ揺れる不安定な便座に膝立ちするのはかなり辛い。
「あはっ、はぁ、すごい、ほんとに締まって……ッ」
樹は獣のように息を荒げて、一層激しく腰を振った。尻を叩かれて、脳みそまで揺さぶられるようだ。首筋に針で刺すような痛みが走る。腕が巻き付いて、胸を弄ぐられる。便器と便座のぶつかる音が耳障りだ。
「セックス、だよね、これ……悠ちゃんっ」
せっくす……? なのか? これは? でも、男同士でセックスして、何になるというんだろう。虚しいだけじゃないのか。
「気持ちいい、よ……っ、悠ちゃん、悠ちゃん」
俺も気持ちいい。だからやめられない。抜け出せない。刹那の快楽に耽るばかりの、生温い底なし沼に溺れたまま。こんなにも不毛な関係、望んではいなかったのに。
だけど、こうすることでお前が俺のそばにいてくれるのなら、もう、何だっていいや。名前のない関係だとしても、最早ただの幼馴染には戻れないとしても、お前が俺を求めてくれるのなら、俺は、もう、ただそれだけで……
「あっ、も、出そ、出ちゃう……、いい? 悠ちゃんっ」
金玉ごと性器を擦り上げられて、精液が無理やり押し出される。イク時、口に突っ込まれた樹の指を思い切り噛んでしまった。血の味がするのに、樹は笑っているみたいだった。便器に、二人分の精液が飛び散った。
いつの間にか、後夜祭は終わっていた。小窓からスポットライトは差し込まない。パンクロックも聞こえない。ただ土砂降りの雨音だけ。くすんだ色したタイルだけ。ただ、白く濁った液体が便器の底に澱んでいるだけ。
色欲と怠惰は大罪だ。いつまでもこんな関係、こんな生活を続けていていいはずがない。いつか必ず、手痛いしっぺ返しを食うはずだ。
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