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第六章 冬の夜 初夜前半戦

 てっきり風呂場で最後までするものと思っていたけど、「やっぱり初めてはベッドがいいよね」なんて言って、樹はそそくさと風呂を上がった。俺は、何か重要な儀式に臨む前のような心境になり、耳の裏から足の指の間までを念入りに清めた。    貸してもらった部屋着は樹が着ているのと色違いで、袖も裾もウエストも余る。手で押さえていないとずり落ちてしまって、階段を上るのも一苦労だったけど、樹の匂いが繊維の一本一本まで染み付いていて、一呼吸ごとに窒息してしまいそうで、それが最高に嬉しかった。    照明を落とした仄暗い部屋で、樹は待っていた。「おいで」という声に誘われるように、俺はベッドに腰掛けた。優しく抱き寄せられて、そっとベッドに押し倒される。シーツも枕も毛布も布団も全部が樹の匂いで満ちていて、目が回りそう。湯上りの肌が汗ばむ。   「悠ちゃん。好きだよ」 「おれも……好き……」    そうやってわざわざ言葉にするところなど、やっぱり神聖な儀式みたいだ。恋人になって初めての夜っていうのは、こんなにもロマンチックなものなのか。    啄むようなキスで、意識が蕩けていく。蜂蜜よりも甘くて、俺の唇はきっともう原形を留めていない。髪を撫でてもらえるのが嬉しい。耳や首筋も撫でてくれる。撫でながら、チュッと軽いキスを落としてくれる。その感触がくすぐったいような気持ちいいような。やっぱり気持ちいい。心が解けていく。   「……あっ……」    樹とおそろいのスウェットを、胸までたくし上げられた。   「ぬ、脱ぐのか……?」 「寒い?」 「ううん、暑い」 「じゃあ」 「でもこれ、お前の匂いするから……」    襟元の布地を引っ張って口と鼻を覆い、深呼吸をする。恍惚とする、っていうのはきっとこういうことなんだろうな。俺も一つ大人になった。   「悠、ちゃん……」    樹は低い声で唸る。怒らせたか、と思ったけど、ただ服を引ん剥かれただけだった。樹は息を荒くして、剥き出しになった俺の胸に舌を這わせた。   「きゃ……!?」 「悠ちゃん……そういうのは、もっと後になってからでいいんだぜ」 「な、にが……ひぁっ」    右の乳首に吸い付かれ、左の乳首を手で弄られる。樹のやつ、赤ちゃん返りしてしまったのか。熱心に吸ったところで、母乳は出ないっていうのに。   「やっ、は、やめ……」 「ん、おいしい」 「な、わけ……あぁっ」    何も出るわけないのに、何か出そうなくらいびんびんに張り詰めている。舌にのせて転がされると、まるで飴玉になったような心地がする。べろべろ舐められればべっ甲飴に、甘噛みされればマシュマロに、優しく吸われるとチョコレートに。きつく吸い上げられると、まるで本物の女の乳首になってしまったように錯覚する。尖端から何か噴き出しそう。   「んンっ……ふっ、ぅ、ぅう……っ」    一頻り舐め終えると、今度は左右交代だ。唾液でぬるぬるになった乳首を指でも苛められる。軽く引っ張るように摘ままれて、くりくりと転がすように捻じられて、頂の小さな穴の中まで爪の先で引っ掻かれる。そうしながら、左の乳首も尖らせた舌先で突つき回される。    一番敏感な先っちょだけを口に含み、器用に舌先だけを使ってちろちろ舐められる。おかしなくらい気持ちいい。乳首だけで腰がガクガクしてる。こんな感覚初めてで、少し怖い。俺の乳首、壊れちゃったのかな。いつの間に、こんなに感じる場所になっていたんだろう。樹に弄くられていたせい?   「あっ、んゃ、だめ、もうっ……!」    何か出る、と思ったけど、何も出なかった。樹の舌と俺の乳首を繋ぐように唾液が糸を引いていて、その様があんまりいやらしいので、見ていられなかった。   「あ、は、あぁ……」 「……すごくエッチだね」    樹はうっとりと呟く。見れば、股間がテントを張っていた。窮屈そうに、布を突き破らん勢いで押し上げている。思わず手が伸びていた。ピク、と震えるのが布越しにも分かる。そうかそうか、触られて嬉しいか。   「ちょ、悠ちゃん……?」 「ん……おれもしたい……」    服の上から揉んでやると、樹は慌てて腰を引いた。   「なんっ、えっ、なっ……??」 「だめか……?」 「いや、えと、……だめじゃない、です」    樹は、目を白黒させながらもスウェットを脱いだ。何をそんなに戸惑っているのか。別に初めてでもないのに。    樹の脚の間に正座して、下着を脱がしてやった。ぶるん、と勢いよく飛び出したそれに、ぺちん、と頬を叩かれる。ぬるついた感触があった。   「ごっ、ごめん」 「ん……」    屹立した竿を指で摘まんで上下に扱く。張り詰め過ぎて血管が浮き出て、ドクドクと脈打っている。でもその浮き出た血管はぷにぷにと柔らかい。亀頭は真っ赤に充血していて、お腹を空かせた犬みたいに涎をだらだら垂らしている。ちょん、と突ついてみるとぬるぬるしたのが指先に付いて、糸を引いた。においは石鹸の清潔な香りだ。   「ちょっと、そんなに観察しないで……」 「だって、なんかエロいから」 「エっ……」    ピクピク震えて、なんだかかわいくもある。樹のこれは俺のと比べて大分大きいけど、挙動は子犬みたいだ。樹自身もいつもの余裕を失っているし、少し優位に立ったようで気分がいい。    わざと見せつけるように舌を出して、ちろ、と亀頭に這わせる。色と形がアイスクリームに似ていないこともないから、そのつもりで舐める。味はちょっとしょっぱい。   「ン、ふ……」 「悠李……」    くしゃ、と頭を撫でられる。短い髪に指を絡めて。それがすごく気持ちいい。視線を上げると、目が合った。樹は、興奮を隠しもせずに俺を見つめていた。   「ちゃんと咥えて」    言われるまま、入るところまで口に収めた。顎が痛い。   「舐めて」 「ん、ンむ……」    舌を擦り付けるようにして舐めた。裏筋とカリ首をなぞると樹の腰が動いて、喉を突かれそうになる。突かれると痛いし苦しいって分かってるのに、その瀬戸際を責められるのがスリリングで堪らなくて、一生懸命奉仕した。石鹸の匂いに隠されているけど、奥の方に確かに樹の匂いを感じる。   「なんで急にしてくれる気になったんだい? 嬉しいけどさ」    別に急じゃない。初めてでもないし。   「オレが頼めばしてくれたけど、自分からしたことなんてなかったよね。嫌いなのかと思ってた」 「んなの……」    滾々と粘液の湧き出す鈴口を、舌先でくりくりとほじくる。   「好きだからだろ」    ドクン、と一際大きく脈打った。何だろう、なんて考えている暇はない。口の中に、青臭くて苦いねばねばがぶち撒けられた。   「んぶっ……」    石鹸に邪魔されない、一から百まで樹の味だ。樹の匂いだ。濃厚な雄の匂いだ。ベロが、喉が、火傷する。鼻の粘膜が焼き切れる。脳に直接触れられてるみたいで苦しいのに、天にも昇る心地がする。   「っ、ご、ごめんっ! 出していいから、ほら」    樹が俺の口元に手を差し出した。そこに吐けってことか。だけど、俺はそれを飲み込んだ。舌や喉に絡んで飲みにくかったけど、ごくん、と喉を鳴らして飲んだ。全部飲み干したことを樹に確認してもらいたくて、ぱっくりと口を開けた。   「へへ、飲んじゃった」 「……――ッ」    舌打ちが聞こえた気がした。いよいよ怒らせたか。飲まれたくなかったんだろうか。確かに今まで飲んだことはなかったけど、今日はそういう気分だったんだから仕方ないだろう。樹だって俺のをよく飲むくせに……    でも、樹は怒っているのではないようだった。ちょっとばかり乱暴に俺の手首を掴み、ベッドに押さえ付けて貪るように舌を捻じ込んだ。やっぱり怒っているのかな。余裕がないだけ?   「もうっ……オレがこんなに、我慢しようとしてるのに……!」 「がまん……?」 「初めてなんだから優しくしないとって……なのに、悠李が煽るから……」 「ふぁ、……」 「最初っからずっとそうだ……! オレが悠ちゃんをどれだけ好きか、悠ちゃんは分かってない……!」    我慢なんてしなくていいのに。好きだと言ってくれさえすれば、俺は何だってするし、何をされたっていいんだ。貪るようなキスだって、お前がしてくれるのなら大好きだ。両手を押さえ付けられ、上から圧し掛かられ、自由を奪われて、溺れそうなくらい唾液を浴びせられて、支配されているみたいで苦しくて、なのにすごく幸せだ。身も心も全てを投げ打ってお前に征服されたいと、心から願う。   「いい、よ……」    好きなら好きなだけ、愛してるなら愛してるだけ、その証を刻み込んでほしい。今夜のことを一生忘れられなくなるくらい強烈に。熱烈に。   「お前の好きにされたい……」    下着ごとまとめてズボンを下ろされた。肌を隠してくれるものは何もない。生まれたままの姿を晒す。でも恥ずかしいなんて思わない。もっと見て、触って、感じてほしい。……やっぱりちょっとは恥ずかしい。   「ん……た、たつき……」    それに、ちょっとだけ怖い。何をするのか、本当はよく分かっていないんだ。   「大丈夫だからね」    膝裏を持たれて、股を大きく開かされる。そんなことをしたら、恥ずかしいところが丸見えになってしまう。   「ひゃっ」 「冷たかった?」 「う、ううん……いいよ」    尻に何かぬるぬるしたものを塗りたくられる。これは何だろう。ベビーオイルか? いや、たぶん、ローションとか呼ばれるものだ。   「オレ、悠ちゃんとしたくて、一人でこんなもの準備してたんだぜ。いつ使えるかも分からないのに」 「いま、使えてるだろ」 「うん。無駄にならなくてよかった」    尻の肉をぐにぐに揉まれ、尻の谷間をぬるぬる撫でられ、さらに一番険しい渓谷まで指が這入り込もうとする。いくら進んだって、その先はどうせ行き止まりなのに。   「……ンぁっ!?」    うそ。行き止まりじゃなかった。普段人の目に触れることなどない、口にするのも憚られる秘かな割れ目に、つぷん、と指先が沈められた。初めて覚える得も言われぬ感覚に、腰が浮く。   「あッ……? やっ、ァ、なっ、……?」 「すごい、これが……」    樹の声が上擦っている。こいつ、俺の尻に指を突っ込んで興奮しているのか。そう思うと、つられて俺も息が上がる。尻に指を突っ込まれて興奮しているなんて、紛うことなき変態だ。    こんなことがあり得ていいのか? なんて不思議に思いながらも、俺の体は樹の指を敏感に感じ取る。長くてしなやかで、それでいて男らしく節くれ立った指。つぷつぷと出し入れされて、入口が開いたり閉じたりする。春が来て蕾が綻びるのと同じように、俺の体も自然と解けて樹を受け入れる準備をしている。    ローションをたっぷり纏った指を突き立てられ、ゆっくりと掻き回された。瓶の底に残ったジャムをこそぎ取るような手付きで、優しくて丁寧なのに力強くて、樹の指の動きに合わせて腰がくねる。乾く前にローションを足されて、中も外もぬるぬるする。湿った音がいやらしい。   「痛くない?」 「へいき……」 「指増やすね」    指って増やすものなのか!? そんな素朴な驚きと疑問も、己の喘ぎに呑み込まれてしまう。   「ひっ、ぅ……」 「痛い?」 「ちが……」    痛くない。苦しくもない。ただ切なさが募るだけ。尻に指を入れられているっていうのに、おかしな話だ。体の芯が疼いてどうしようもない。俺のこの切なさを埋められるのは、きっと世界にただ一人だけ。   「っ、もう……ほしい……っ」    絞り出す声が震える。   「きて」    樹は、大きな喉仏を大きく上下させて、勢いよく服を脱ぎ捨てた。薄暗い中でもよく分かる立派な体躯に惚れ惚れする。同じ男なのに、どうしてこうも違うんだろう。樹は他の誰とも違う。他の誰よりも強くて優しくて、いつだって俺のことを見ていてくれた。小さい頃から、ずっと。    本当は気が付いていた。こいつの言う、愛情ってやつに。だけど知らないふりをした。失うのが怖かった。最初から持っていなければ、永遠に失うこともないと思っていた。でもそれは、失うよりももっと虚しいことだって、こいつが気付かせてくれた。    今なら、また信じられる気がする。もしもお前が、いつかまた俺の元を去るとしても、その時まではずっとそばにいてくれるって。だからもう怖くない。逃げる必要なんてないんだ。自分の気持ちからも、お前の気持ちからも。   「んぁ゛、ァは、はいって、く……っ!」 「息、吸って」 「ンむ、むり、ぃ゛っ」    両脚を抱えられ、股の間に樹がいて、そうして、散々解されてローションまみれになった尻の割れ目に、剛直が沈められる。敏感な肉を裂かれる痛みと、それを補って余りあるほどの甘い痺れが全身を駆ける。空白を埋められる快楽とは、これほどのものなのか。   「ンっ……あァ゛っ!?」    ようやく根元まで埋まって、とん、と体が浮いたその瞬間。それまでの甘い痺れとは一線を画す鋭い電撃が体を貫いた。目の前が真っ白になって、体がふわっと軽くなり、宙に浮くみたい。何が起きたのか、頭ではしばらく理解できないでいたけど、体はしっかりと理解していた。挿入された衝撃で、イッてしまったのだ。   「やば、締まる……っ」 「あっ、ア、やだ、おれっ……っ」 「あは、かわいい、悠李」 「ん゛っ……」 「っ、また締まった、すごいね」    指なんかとは比べ物にならない、圧倒的な質量だ。ついさっき、アイスクリームみたいだなんて言って舐めていた赤黒いアレが、今、俺の肚の中にすっかり収まってるんだ。うそ、あり得ない。だって、入るわけない。でも、入ってる。確かに肚の中にある。無意識に締め付けると、その大きさや硬さがはっきりと伝わってくる。本当に、挿入ってる……   「ちょっ……そんなに締めないで」 「ちが……だって、かってに……」 「ッ、もう、動くよ? いい?」    こちらを気遣うようなことを言いながら、樹はもう耐えられないとばかりに腰を揺すった。俺の中で、樹の棍棒がゆっくりと行ったり来たりする。   「あっ、はぁっ、すご、気持ちい……」    余裕なさげに呟くその声はあまりに艶っぽい。求められているのを感じて、俺も体が熱くなった。   「あっ、ア、たつき、たつき」 「悠李……」    痛くなるくらい股を開いて、樹を深く受け入れる。強く抱きしめられて、火照った肌が密着する。キスで唇を塞がれて、だんだん突き上げが激しくなる。最後の一突きで、樹は大きく体を震わせた。喘ぐ息が前髪を揺らす。   「ごめ……オレだけ……」 「……もう、おわり……?」 「悠ちゃんがいいなら、まだ……」    まだすると言ったくせに、それは呆気なく抜き去られた。孤独を埋めていた質量が嘘みたいに消えてしまい、切なさに疼く。   「なぁ、はやく……」 「ちょっと待って、今ゴムを」 「――まてない」    今度は俺が、樹を押し倒した。樹は慌ててベッドヘッドに手を伸ばすが、一歩届かない。下腹部に跨って腰を落とせば、力強く天を指す肉塊が俺の中にめり込んでくる。さっきよりもずっと熱い。まるで、焼けた鉄を押し当てられているみたいだ。内臓から火傷する。   「んン゛っ、く、きたぁ……♡」 「ちょっ――まっ、だめだって、ゴムが……!」 「いい、からっ……ぁ、きもち……ッ」    ビリビリと腰が痺れる。脳髄が蕩ける。こんな快楽がこの世に存在していいのか。許されるのか。頭がバカになりそうだ。   「あッ、アぁあっ……!」    樹のに突き出されるように、俺の前からとろとろと白いのが溢れる。力なく、ただ溢れ出すだけだ。その様を、樹にじっと見られている。榛色の双眸が、俺の痴態を捉えている。恥ずかしい。でも、気持ちいい。   「やっ、ァ、みないでぇ……っ」 「無理だよ、だってこんな……エッチすぎる……」    するりと腰を撫でられる。その程度のことが甘い刺激になって、腰がビクビクしてしまう。まるで自分の体じゃないみたいだ。釣り上げられた魚みたいに跳ねている。   「え、えっちすぎる……」    体に力が入らず、とてもじゃないけど姿勢を保っていられない。俺は樹の胸に倒れ込んだ。広くて温かくて、安心する匂いで満ちている。匂いを辿り、髪を一房口に含んだ。シトラス風味だ。リンスの香りなのか、元々の樹の体臭なのか、よく分からない。唾液に濡れると俺のにおいとも混ざって、ますます訳が分からなくなる。   「ん、はぁ……♡」 「おいしい?」 「ん……」 「……動いてくれないの?」    樹が子供みたいに甘えるから堪らなくなって、俺は拙いながらも腰を動かした。フラフープを回すみたいに腰を振って、でも膝立ちはできないから樹にしがみついたままで。最初はうまくできなかったけど、だんだんコツを掴めてきた。樹が気持ちよさそうに目を瞑って息を切らしている。俺も気持ちいい。    俺が腰を回すのに合わせて、ぬぷぬぷと音が鳴る。性に奔放すぎやしないか、淫らすぎると呆れられてやしないかと、ちょっとだけ不安になる。だけど腰は止まらない。気分はロデオのジョッキーだ。   「悠李、悠ちゃ……すごっ、気持ちい、けど……」 「ぅんっ、ンっ、おれもぉ……っ」 「でもっ、あっ、もっ、出ちゃう、からっ」 「んぅ、ん、おれも、でそぉ……っ」 「一旦、抜いて……っ、ナカ、出しちゃうから……っ」 「なかぁ……? なか、いいよっ、だしてぇっ……」 「いッ、いいの? ナカ……」 「うんっ、んッ、きて、たつきぃ……♡」    一番深いところで、樹の熱が弾けた。俺の脳内でも、何かが弾けた。真っ白にスパークして、何も見えないし聞こえない。ああ、でも、遠くに何か聞こえる。意味を成さない母音の集合体だ。もしかして俺の声? うそ、俺の声って、あんななの? 砂糖みたいに甘ったるくて、媚びるみたいにいやらしくて、これじゃあまるで……   「……ちゃん、悠ちゃん」    樹の声にはっとした。今、少し飛んでたかもしれない。口の中にはじんわりとぬるい血の味が広がる。   「噛み癖、なかなか治らないね」 「んぁ……ごめ……」 「いいけど」    思い切り舌を引っ張られた。口を閉じられないまま、樹の舌が這入ってくる。にじり寄るようにゆっくりと舌を舐られ、付け根をくすぐられ、上顎をねっとりと舐められる。血の混じった唾液が垂れる。樹の口の中に。ごく、と樹の喉が鳴る。飲まれちゃった。俺の涎。樹に飲まれちゃった。   「でも、たまにはちゃんと躾けた方がいいのかな」    樹の目、今までに見たことのない色をしている。まるで、真夜中に光る獣の眼のようだった。

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