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第七章 冬の朝 初詣

 白く息を切らして、待ち合わせのバス停まで急ぐ。服に悩み過ぎて、支度に手間取った。平日は制服で済むし、休日も中学のジャージを着たりしているから、お洒落な私服なんかほとんど持っていない。   「悪いっ、時間……!」    息急き切って駆け付けると、スマホをいじって待っていた樹が振り返った。樹とわざわざ待ち合わせをして出かけるのは、初めてかもしれない。   「悠ちゃ……!」 「ごめん、遅れ――」 「かっ、かわいい……!」 「……は?」    出会い頭に思い切り抱きしめられた。もちろん公衆の面前でだ。意味が分からない。   「ちょっ……、ちょ、おい、放せって」 「やだ! 絶対離れない!」 「バカ、声がデカい……」 「だってかわいいんだもん。何だいこれ、この、頭のぽんぽんは」 「これ、は……っ」    ニット帽のてっぺんに揺れるボンボリをふわふわ撫でられる。   「ば、ばぁちゃんが、寒いから被ってけって……。あと、寝癖が……直らなくて……」 「こんな帽子持ってたんだね」 「古いやつだけど……それにちょっと子供っぽいし」 「えー、全然? かわいいよ」 「別にかわいくなりたいわけじゃ……」 「悠ちゃんがかわいいとオレは嬉しいぜ?」 「……うるさい、ばか。早く行くぞ」    元旦の愛宕神社は、初詣の参拝客で賑わっていた。皆、普段は神も仏も信じちゃいないくせに、こういう時だけ張り切って押し掛ける。俺達も他人のことは言えないが。   「悠ちゃん、こっちだよ」    冷たいから、手水舎では指先をちょこっとだけ濡らした。参拝の列に並び、用意していた五円玉を賽銭箱に投げ、鈴をガラガラ振り鳴らす。二回お辞儀をして、二回拍手、手を合わせて神様に祈る。    甘酒が無料で振る舞われていた。冷えた体にはありがたいけど、味は癖が強い。甘いのに酒粕の香りがキツくて、舌触りもドロドロツブツブしていて、ちょっと苦手だ。手を温めながらゆっくり飲んで、それでも半分くらい残ってしまって、どうしようかと思っていたら樹が代わりに飲んでくれた。   「……ありがと」 「苦手だった?」 「ちょっと。お前は?」 「オレは好き。健康にもいいし」 「ふーん」    おみくじを引いたら末吉だった。樹は大吉。悔しくてもう一回引こうとしたら、「一回だけだから意味があるんだよ」なんて諭された。読み終わったおみくじは木の枝に結んだ。神様と縁を結ぶためらしい。    樹が絵馬を書きたいという。待っている間、俺は授与所を見て回った。学業成就や交通安全といったお守りやお札、破魔矢や熊手などの縁起物が並んでいる。今年の干支を模った土鈴を、晴れ着姿の男女が仲良さげに相談しながら買っていった。肩を寄せ合って帰る後ろ姿が幸せそうで、俺は樹の元へ戻った。   「書けたか」 「アっ、うん、ちょっと待って」    樹は、ちょうど出来上がった絵馬を飾っているところだった。表には干支のイラストが印刷されている。裏には樹の願い事が書かれているのだろう。何て書いたのか訊いても、照れくさそうにするだけで教えてくれなかった。    帰る前に、愛宕山に登った。神社の石段を下りてすぐのところに、山道の入口がある。並び立つ樹木はことごとく葉を散らした寒々しい姿だったけど、その分陽当たりはよく、石ころだらけの曲がりくねった坂道が眩しいくらいに明るかった。足下まで明るく照らされて、転んだり躓いたりする不安とは無縁だった。なのに、樹は手を繋ぎたがる。   「いい?」    ご丁寧に手袋を外して、左手を差し出す。だから俺も右手を差し出して、樹の温かい手を握った。   「えへへ、付き合ってるって感じだね~」    樹は嬉しそうににこにこ笑う。俺だって耳まで熱くなるくらい嬉しくて、同時に恥ずかしい。   「いいよねぇ、こういうの。悠ちゃんの顔見たり、お話したり、こうやって触ったりするとさ、なんかますます好きになっちゃうよ。これ以上好きにならないって思うのに、どんどん好きになって止まらないんだ。好きに終わりはないのかもね」 「……恥ずかしいやつ」 「悠ちゃんにだけだぜ。恋人の特権ってやつだよ」 「当たり前だろ。……恋人は、俺なんだから……」    自然と指が絡み、縺れ合って、恋人繋ぎに変化する。それだけのことがどうしようもなく嬉しい。樹の掌の温もりや、指の感触が気持ちいい。お天道様の前でこんなことしちゃっていいのかな、なんて思いながら、手を放すなんて選択肢は頭にない。吐く息は白いのに、手だけがじっとり汗ばんだ。    たっぷりと時間をかけて、中腹の展望台まで辿り着いた。街を一望できる素晴らしい眺めだ。真夜中の景色とはまるで別世界。とにかく明るく輝いている。東屋も日光を浴びて暖かく、ぽかぽかして眠くなりそう。   「なぁ、樹」    名前で呼ぶことなんて、普段はほとんどないから恥ずかしい。恥ずかしくて直視できない。   「あの時ここで言ったこと、覚えてるか」    樹が答えてくれるまで、ちょっとの間があった。あの時ってどの時だ? と考えているのだろう。でも、どの時だろうと同じことだ。樹が俺にくれた言葉は、俺にとってはどれも同じくらい価値のある宝物だ。この場所は、俺の聖地だ。   「覚えてるよ」    どの発言を指して言っているのか分からない。けれど、どれだって同じことだ。   「……俺も、同じだから」 「……うん」 「俺も……」    青い小鳥が茂みから羽ばたいて、高らかに囀る。   「好きだ」    樹は息を呑む。できることならファンファーレでも吹き鳴らしたい。俺はそんな気分だった。すごく晴れやかな気持ちだ。   「ずっと樹のそばにいたい。そばにいてくれ」 「っ、も、もちろんだよ!」    思い切り抱きしめられ、勢い余って押し倒された。太陽に透け、樹の髪がキラキラ輝く。こんなに綺麗だったっけ。いつも見ているはずなのに、うっとり見惚れてしまう美しさだ。   「悠李、オレが書いた絵馬こっそり見ただろう」 「……さぁ、どうだったかな」 「絶対見たって! だから急に素直になって……」 「素直な俺はキライか?」 「なっ、そ、そんなこと、絶対あるわけないだろう!」 「ん、よかった」    サラサラと髪をいじくると、光の雫がキラキラと弾けて、より一層綺麗だった。樹は、顔を真っ赤にして頬を膨らませる。   「悠ちゃ……」 「な、そろそろ帰ろう。俺達の家に」    するりと樹の腕から抜け出て、俺はひだまりで伸びをした。   「ばぁちゃんが、雑煮作って待ってるんだ。出汁から作った特別製だぞ」    樹もすっくと立ち上がる。   「おしるこは?」 「あんこあるからすぐ作れるって。今年は餅いっぱい買ったから、食べ放題だぞ」 「あんこあるなら、あんころ餅にして食べるのもいいね。お腹空いてきちゃった」 「きなこも食べたい」 「きなこかぁ。きなこ餅もいいよね。迷っちゃうなぁ」    相談しながら歩いていく。小さかった頃を思い出す。あの頃とは何もかもが変わってしまったようでいて、本質は何も変わっていないのかもしれない。だけどまぁ、小難しい話は今は置いておこう。どうやって餅を食うか、今はそれで頭がいっぱいだ。

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