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第17話

「貴弥、怖いか? やめるか?」  優しい声に耳元で問われ、あわてて首を横に振った。体を繋ぐことで、もう離れて行かないのだと確かめたい。ずっと愛してきた彼の強さや、明るさや、優しさを、自分の中に直接注いでほしい。 「大丈夫だから……」  そう言った声は意に反して、少しだけ震えてしまっていた。貴弥の不安に気付いてか、恭平は抱えていた脚を下ろし、上体を優しく抱き締めてくれる。いい香りのする手に髪を撫でられると、自然と気持ちが落ち着いてくる。 「昔さ、あんたよくこうやって俺の頭撫でてくれただろ」  中途半端に毛の伸びたイガグリ頭をくるくると撫でてやると、恭平は満面の笑顔でキャッキャと喜んだ。その顔を思い出したらなんだか緊張が抜けて、ほのぼのとした気分になってきた。 「あれが嬉しくてな。あんたに撫でてもらうとなんか安心するんだ。だから俺も大きくなったら、お兄ちゃんの頭を撫でてあげようって思ってたよ。その夢が、今叶った」  閉じていた瞳を開けると、立派な男に成長した愛しい笑顔が見下ろしてくる。 「本当に生意気だ。こんなに大きくなって」  指先を伸ばして額を突付くと、恭平は昔みたいに楽しそうに笑ってくれた。 「離れてる間、いろいろ考えてた。あんたを楽しませる計画、山ほどさ。これから一つずつ叶えていってもいいか?」 「後で全部教えて。ちゃんと、スケジュール帳に書いておくから」 「ハプニングは突然だから面白いんだろ」  大真面目な貴弥の相変わらずのひと言に、恭平は声を立てて笑う。貴弥も笑った。  本当に久しぶりに、心から笑顔になれた。十数年ぶりの笑顔は慣れなくて、変な顔になっていないかと心配になったが、相手が自分の顔を見て嬉しそうにしてくれているので、これでいいんだなとホッとした。  全身から緊張が解け、自ら脚を控えめに開くと恭平の体が沈んできた。熱くて硬いものに押し入られる感覚は辛くないとは言えなかったが、もう不安ではなかった。きっとこれも恭平のもたらしてくれる、人生のサプライズの一つだ。貴弥にとってこれからは、彼といるすべての瞬間が大切な宝物になる。 「あっ……はぁ……や、」  どうしても漏れてしまう、甘い声を抑え切れない。貴弥を気遣いながら恭平がおもむろに体を動かすたびに、内側から擦られる刺激が不快でなくなってくる。真っ昼間から光の注ぐプールサイドで愛の行為に及ぶという、いつもの貴弥なら羞恥で死んでしまいそうな現実も平気で受け入れてしまっているのは、きっと、周囲を気にする余裕がないほど目の前の男が好きだからだ。 「や、ぁ……!」  前に回された手で再び熱を持ってきた中心を扱かれ、貴弥は甘い声を響かせた。立て続けに襲う快感に、そう長くは持ちそうもない。 「きょうへ、……も、もうっ……」 「いきそうか? いいぜ、いって。顔見てるから」  そんなの見るな、と叱る余裕もなく、先端を揉みこまれるように弄られて達してしまう。締め付けた彼も中で弾けるのを感じ、幸福感が全身に広がった。絶頂の余韻に震えながら広い背に両手を回しありったけの力で抱き締めると、恭平も倍の力で抱き返してくれた。    まだ体内にいる恭平自身を自分の一部のように愛しく感じながら、下りてくる口付けを受け入れる。何度も重なるキスの合間に、 「なぁ、90分会員、もうやめないか?」  などと現実的なことを言い出すので思わず見上げると、恭平はちょっと拗ねたようにチャームポイントの唇を突き出した。 「週2回90分じゃ、レッスンの時間全然足りないって。オールタイム会員にしろよ」  甘い口付けに思わず頷いてしまいそうになるが、そこは藤崎貴弥らしい冷静さで答える。 「僕の収入じゃ、月9千円の会費はとても払えないよ」  朦朧としつつもキッパリとした天然な切り返しに、恭平は吹き出す。 「それはいいから。俺が特別に……」 「上原さん! もしかして、いらしてるんですか?」  恭平の言葉を遮りいきなり響いた第三者の声に、貴弥の心臓は止まりそうになった。幸いデッキチェアの置いてある場所はプールの入口から完全に死角になっているが、あろうことか二人の体はまだ繋がったままだ。 「あー、いる! ごめん岩間さん、ちょっと今取り込み中なんだわ!」  パニックに陥る貴弥に反して、恭平は落ち着いたものだ。唇に人差し指を当て、大丈夫だからと微笑む顔を見たら、破裂しそうな鼓動が落ち着いてきた。 「岩間さん何? 今日どうしたの?」 「ジムの機械点検ですよ! スケジュールボードに書いてあったでしょ? たまには見てくださいよ!」  岩間というのは、確かこのクラブの店長だ。飽きるほど眺めたスタッフ写真一覧の、一番上に載っていた。かけられる言葉は叱責のようでいながらやけに親しげだが、明らかに年下の恭平に敬語なのが妙だ。 「そっか、ごめん! プールの方、俺もうちょっと使ってていいかな?」 「いいですよ! あーあ全くもう、こんなに散らかしちゃって。ちゃんと片付けて帰ってくださいよ? しょうがないオーナーだな」  苦笑交じりの一言を残して、店長が出て行く気配。 「オーナーっ?」  完全にその気配が消えてから思わず確認すると、恭平はばつ悪そうに視線を逸らした。 「親父がNEXTグループの社長だって、あんた知らなかったっけ」 「し、知らないよ、そんなこと!」 「俺一応後継ぎだからさ。今は修行で、クラブの地方開拓の方を一手に引き受けてんだよ。全国展開200店舗が目標ってことで」  子供同士の付き合いに親の仕事は関係ない。白亜の城に住んでいる恭平一家が相当な金持ちなのだろうとは想像していたが、その職業までは知らなかった。 「この町にクラブ作ることは俺の悲願だったからな。親父の反対押し切ってやってみたわけ。でも、結果大成功だっただろ? 俺って経営者の才能あると思わないか?」  100点取ったから褒めて、と算数のテストをヒラヒラと持って来た、昔の恭平の面影がダブる。素性を隠されていたことはくやしいが、そんな顔をされれば怒る気にもなれない。  貴弥は照れくさそうにしている恭平の頭を引き寄せ、昔みたいにグルグルと撫でてやる。大きくなった恭平も、昔みたいに嬉しそうに笑う。 「スケジュールも見ない、時計も合わせないオーナーじゃ失格だな。インストラクターの方が向いてるんじゃないのか?」 「これからも、あんたの個人レッスンだけは引き受けるよ。オールタイム、タダでな」  プール以外のレッスンも、と耳元で甘く囁く恋人の頭を軽く叩き、貴弥は身を起こすと大好きな唇に口付けた。 ☆END☆

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