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第4話 照葉の災難

 幸運は気をつけてつかまえないと指の間をすり抜けていくのに、不幸は手をつないでやってくるからうっかりつかまえないように、気をつけなくちゃいけない。  昔からそういわれているって教えてくれたのは、照葉。  照葉は、昔世話になった人から教わったのだという。  何となく聞き流していたその言葉、この二年の間で身に染みてくる。  思い返せば、始まりは俺の育ての親の他界で。  直後の冬を越せずに、茅萱ばあちゃんが逝った。  そのあと照葉の育ての親で師匠の古い友人だという『日の塔』の長が身罷って、世話役をしていた|千草《ちくさ》という人が倒れたと知らせがあった。  前後して俺たちの弟弟子に入った|鹿央《かおう》が、呪い師の修行に耐えられず、世を去った。  呪い師はその身を以て諸々の材料を研究する。  効能や、量を。  薬か毒かを。  どの病にはどの薬が効くのか。  飲み合わせはどうだとか、少しでも飲みやすくするには味をどうすればいいだとか。  今までに記録されているものを再確認することはもちろん、新たな効用を探ったりすることだってある。  もちろん何をどの程度探るかはそれぞれだ。  最終的な研究成果の確認は、弟子による試しのみだ。  弟子でいる間は、何度も師の作った薬の試しのみをさせられる。  運が良ければ命拾いをし、回復し、また次の試しのみをする。  その過程で、命を落とす弟子もいる。  鹿央はその口。  だからといって弟子でいる限り、試しのみは避けて通るわけにはいかなくて、修行の一環として行われていく。  試されているのは、薬や効能だけではなくて、呪い師としての自分の資質でもあるのだから。  繰り返し試しのみをして過ごすうちに、材料の知識を積み重ね、諸々の耐性を重ねていく。  師匠と弟子はそうやって知識を受渡し、共有し、高めあっていく。  少々の毒も薬も病も受け付けない体になるころには、いっぱしの呪い師として独立できるようになる、という寸法だ。  俺が呪い師の寿命について調べて結局答えを得られなかった時に、師匠は「仮定を含んだ話なんだがな」と前置きしてから、説明してくれたことがあった。  曰く。  呪い師がその身を以て探っていく作業とその危険。  人の身に降りかかるはずの病や毒への耐性が増していく中で、人の理から零れ落ちていくのだろう、と。  呪い師は長い時間を生きる。  今ではほとんど出会うことのない魔法使いとなると、呪い師以上の時間を過ごす。  個人差はあれど外見が老いていく呪い師に対して、魔法使いは姿でさえ変わることがなくなると聞いた。 「理から零れ落ちるってのは、そういうことだ」  と、師匠は言う。  師匠に言わせれば、呪い師が周囲の人間から置き去りにされるのは、理から零れ落ちてしまった以上宿命のようなもので、慣れるしかないんだそうだ。  それでも、やっぱり二年の間に立て続けっていうのは、へこむ。 「照葉、『日の塔』に行くか?」  報せがあったときに、師匠が照葉に聞いた。  工房は紫竹が呪い師の道を諦めたところで、どこかからの依頼だという見たことのない草の取り扱いの研究も急かされていて、人手は足りていなかった。  草の成分は試しのみで少しずつ分かってきてはいたけど、鹿央っていう犠牲が出た。  報せがあったのは鹿央の見送りもあって、日々慌ただしくしていて、さすがの蒔鳥も顔色を悪くしていた。  そんな中での師匠の言葉は、まるで照葉を切り捨てるみたいに聞こえて、ぞわってした。   「行くって……」  照葉自身もそう受け取ったんだろう。  だって俺が見てもわかるくらいに、毎日しょんぼりしていたから、向いていないって断じられてもおかしくない。  聞き返した照葉に、師匠は困ったように頭を掻きながら答えた。   「真朱の……『日の塔』の長の見送りには間に合わないが、千草は寝込んだだけだろう? 顔を見せて千草を安心させてくればいい。行くならついでに届け物を頼みたい」 「あ……ビックリした……塔に戻れって言われたのかと」 「このくそ忙しい時に、お前にまで居なくなられたら困るんだよ。まだまだお前は俺の弟子だ。で、どうする?」    顔をのぞき込まれて、照葉はフルフルと首を横に振った。 「千草さんのことは心配だけど……工房の仕事が、手伝いたいです」 「そうか」 「多分、千草さんもその方が喜ぶと思うから」 「わかった。じゃあ、届け物はいつものように、使いの者に頼むことにする」 「手紙、書きます。一緒に送ってもらっていいですか」 「わかった」    わしゃわしゃと照葉の髪をかき混ぜて、師匠が小さく笑う。   「じゃあ、うまいもの食べましょう!」  ポンと手を打って、蒔鳥が言った。 「はあ?」 「元気が出ないときほど、うまいもの食って、しっかり寝なきゃなんですよ。ほら、師匠、うまいもん食いましょう。買いに行きますか? なんか作りますか?」 「よし、食いに行こう。久しぶりに村の食堂に行くぞ」    師匠が笑って、蒔鳥が喜んで諸手を挙げる。  俺はくしゃくしゃになった照葉の髪を直してやった。 「うまいもん食わせてくれるって。やったな」 「うん」  これで打ち止めになればいい。  忙しいのは続くけど、これだけ嫌なことが続いたんだから、もう充分だろうとそう思っていた。  それが半年ほど前のこと。  不幸は手をつないでくるっていうのは、嫌なくらいに当たっていて、ついには、試しのみで照葉が倒れた。  薬湯を飲んだ時は、苦そうに顔をしかめてたけど、それだけだった。  その後いつものように工房の仕事をしていて、ふと気が付いたら真っ白な顔でぐったりと椅子にもたれかかっていて、意識がなかった。  脈が小さくなって、息も細くなっていた。  呼び掛けても、ピクリとも動かなかった。  頬を叩いても、血の気を失った肌は白いままだった。 「照葉……照葉!」  何度聞いても慣れることのない、切羽詰まった師匠の声が怖かった。      師匠が手を尽くした甲斐はあって、照葉は一命をとりとめた。  けれど、右の足は股関節から下に麻痺が、そして時々上手く血が巡らなくなる症状が、残った。

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