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第3話 師匠という人
「んの、お節介やきが……」
届けられた料理を見て、師匠は大きく溜息をついた。
籠の中から出てきたのは日持ちしそうな菓子の山と、いくらかの干し肉や干した果物なんかの保存食。
それから温めたら旨そうな煮込み料理に揚げ料理、ついでみたいに酒の瓶が二つ。
「こういう時こそ、温かいものをたらふく食って、しっかり寝なさいって」
照葉が茅萱ばあちゃんの伝言を師匠に告げながら、荷物をほどいていった。
卓の上に並べられた料理を見ているだけで、よだれが出てくる。
旨そう。
「師匠……」
俺たちの中で一番食べることの好きな蒔鳥が、ジーっと師匠を見た。
その気持ちはよくわかる。
臍曲げて返してこいなんて言い出したら、悲しすぎるし、師匠は時々そういう臍曲がりなことを言い出しかねない。
ひねくれ者というか、偏屈というか……茅萱ばあちゃんに言わせれば照れ屋だから。
「蒔鳥……そんな恨めしそうな顔すんな。返してこいなんて言ってねえだろうが」
「言ったら、泣きます」
「いい歳して泣くな。言わねえよ」
「じゃあ、ありがたくいただきましょう。今夜はごちそうだな」
紫竹が嬉しそうに笑った。
食事は弟子たちの間で順番に作るから、たまに他の人が作った料理を食えるのは嬉しいんだ。
なんせいつもの料理が弟子たちの手作りだし、茅萱ばあちゃんの家は食堂で間違いなく旨い料理だから。
「今度、村に行くときは、何か礼を持っていかないと」
「あの婆、年甲斐なく動き回ってやがるから、そろそろまた腰痛めんだろ。湿布薬でも多めに置いてきてやれ」
「はい」
兎埜の提案に、師匠が顰め面のまま頷いた。
でも、俺たちは知ってる。
茅萱ばあちゃんはうちの工房の薬のお得意さんだけど、師匠が作った薬を渡すと特にホッとした顔をするし、師匠は「特別扱いしないでよ」と言う茅萱ばあちゃんの隙を見ては、薬をおまけしようとするんだ。
職業も性別も見た目も性格も、何もかもが違うのに、仲がいい。
人の理から外れているっていう理由で、呪い師から距離を置く人も多いっていうのに、不思議と仲がいいんだ。
師匠が他人から距離を置かれる理由は、呪い師だってだけじゃなくて、このあたりの人にはあまり見ない色彩の外見をしているってこともある。
銀と言って差し支えないほどに薄い色の金髪に、淡い水色の目。
その身にまとう色彩から、淡雪(あわゆき)と名乗っている。
だけど、淡い淡い色彩から受ける儚げな印象とは全く違って、師匠は図太い。
口が悪い。
態度もでかい。
そのひねくれ具合といい実年齢といい『人は見た目によらない』という言葉を体現したような人。
昔は別の名前を名乗っていたのだと、酔ったついでに口にして懐かしそうに目を細めて笑っていたことがある。
「長く人間やってると、それなりにいろいろとあるわけだ、クソガキ」
昔の名前と名前を変えた理由を聞いた俺に、師匠はデコピン一つとにやにや笑いをよこした。
弟子をとる前は、長らく風来坊のようにふらふらと旅をして歩いていたらしい。
まあもちろん、この辺では手に入らない材料を集めたり、行商をしたりする傍らだったってことだから、ふらふらって言うのは正しくないかもしれないけど。
だからって品行方正じゃ、ない。
決してない。
時々工房にやって来る、偉そうできらびやかな服を着た人たちを目にすると、しれっとした顔で抜け出して姿をくらませる。
送りつけられた招待状は切り刻む。
積み上げられる金塊よりも、農家のおかみさんの手料理を喜ぶ。
師匠は地に足のついた生活とそんな生活をしている人たちが好きだ。
そして、ここは『俺の家』だと、師匠が言い張る。
弟子たちを『家族みたいなもん』だという。
同じ『家』で暮らすから。
そして絶対に追い出さない。
弟子をやめさせることや独立を許すことはあっても、何の生活の保障もなしに追い出すことだけはしない。
弟子をとるようになったのは、俺がここに来るよりもそう前のことではないのだというし。
兄弟子たちもいるけど、師匠の書庫におさめられている記録をみれば、ここに住み着いてからの時間に対しての弟子の少なさに、首を傾げてしまう。
お客相手から距離を置かれることはあっても、自分からはしない。
あ、偉そうな人たちは別で。
仕事ももちろん厳しいけど、仕事とは別に普段から人付き合いには口煩い。
愛想よく礼儀正しく、客は大事にしろと口を酸っぱくして俺たちに言い聞かせる。
呪い師の仕事と愛想とか客を大事にするとか関係あんのか? って、一瞬思うようなことだけど、大ありだと師匠は言う。
「積み重ね続けた時間は寂しさになって、お前らを押しつぶしにくる。だからな、そん時に寂しくないようにしとけ」
くどいほどにそう繰り返す。
呪い師は理から零れ落ちて、長い時間を生きる。
けれど、だからこそ、日常的な付き合いを大事にしろと、師匠は言うのだ。
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