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第2話 半歩はみ出した存在
「夜長?」
箒を手にしてボーっとしてしまっていたらしい。
「うおあ?!」
顔をのぞき込まれて、驚いた。
淡い琥珀色の瞳が、まっすぐに俺を見ている。
照葉。
俺の弟弟子。
師匠の元に来たのは俺とほぼ変わらない時期だけど、年齢は二歳ほど下……だと思うって、村の子育てを経験した奥さんたちが言っていた。
ふわふわのくせ毛は赤みの強い茶色で、木々の紅葉を思わせる色。
こいつを拾った『日の塔』の人が、そこから照葉と名付けたんだという。
拾われた塔が違うだけで、ほとんど俺と同じ境遇と経緯。
「何しているの? まだ掃除?」
「今日は工房に入るなって、師匠に言われてる……お前は? 村に買い出し?」
「ううん。食堂のばあちゃんに呼ばれたから、兄者と行ってきた」
そう言われて、照葉の手元を見たら大きな籠。
後ろからのんびりした足取りで歩いてくる兄者は、大きめの籠を背負っている。
「照葉、走ると中身がひっくり返っちまうぞ」
「こっちは多少揺らしても大丈夫ってばあちゃんが言ってたよ」
「揺らして大丈夫でも、落としたり転んだりしたらどうする? 荷がある時には走るもんじゃない」
「はぁい」
兄者はというのは、兄弟子。
兎埜という名前。
黒髪黒目で師匠よりも背が高くて、師匠よりもがっしりとした体つきをしている。
今、工房で生活を共にしている兄弟子はあと二人。
紫竹と蒔鳥、という。
一番年嵩なのは兎埜で、次が蒔鳥そして紫竹、俺、照葉の順。
それぞれ事情はいろいろあるけど、師匠の元で呪い師の修行中だ。
呪い師というのは「半歩だけ、人間の理からはみ出した存在」だと、師匠は言う。
魔法使いと呼ばれる、完全に人の理からはみ出した存在もある。
けど、俺たちは呪い師。
自然の中にあるものを使って、ごくごく簡単な魔除けやお守り、薬なんかを作るのが主な仕事。
護符と呼ばれる、お守りよりももう少し人外の力が強いものを作る仕事も呪い師の範疇にはあるけれど、ウチの師匠は「それは魔法使い寄りの仕事だ」って言い張って引き受けない。
手は出せるけど出さないと言っていた。
俺達弟子にも、その知識は伝えてくれていない。
自分の代でずっと受け継いできた知識が廃れてもいいんだと、少し寂しそうに笑っていた。
人の手の届かない分野へ手をのばせば、その身はどんどん人の理からはみ出した存在になっていく。
人の理からはみ出して魔法使いになることを自ら選ぶのは止めないけれど、師匠の方からその道へと押し出すことはしたくないのだそうだ。
「気は進まねえけど、どうしてもと望むなら教えてやらんこともない。よくよく考えるがいいさ」
そう言われてわざわざ手を出す理由もないと、俺はそこで納得している。
俺達呪い師は、人の理からはみ出して、長い時を生きる。
普通の人々よりもゆっくりと歳をとり、いつの間にか外見の変化を止める。
その生が終わる時の外見に、個人差はあるけれど、呪い師でない人たちよりも長く生きることに変わりなはい。
何故そんな風になるのかはわからない。
呪い師たちが理から零れ落ちてしまう理由をどうしても知りたくて、調べたこともあった。
工房に残された兄弟子たちの記録をさらったこともある。
照葉も自分なりに調べたと言っていた。
師匠もかつて『塔』や伝手を辿って調べたそうだけど、わからなかったと言っていた。
兎埜は次の春になったら、師匠の元から独立すると決まっている。
だから工房の中での仕事は、今は紫竹が中心。
兎埜の仕事は照葉と俺がする、助手の助手みたいな仕事の監督がほとんどだ。
照葉の持つ荷物が重そうだと気が付いたから、代わってやろうと思って箒を照葉に差し出した。
照葉が兎埜を見上げる。
「夜長の仕事は、もう終わったのか?」
「今日は工房に入れてもらえないから、ここ掃くの二回目なんだ」
答えたら兎埜が照葉に頷いた。
照葉の持つ籠と、俺が使っていた箒を取り代える。
おお、照葉が持って来たにしては重いぞ。
「食堂のばあちゃんって、茅萱ばあちゃん? 何がこんなに重いんだ? 何持たされたの?」
「茅萱ばあちゃん、師匠の競争相手だったんだって」
「はぁ? 師匠と競争? 何の?」
「しらなーい。師匠が勝ったんだって。でも、結果が良かったからそれもまた良しで、いい友達なんだって言ってた」
「いやだから、何の話? この荷物は何?」
帰りながら掃き掃除をすることにしたらしい照葉が、箒を使いながらにこにこと話をするけど、さっぱりわからない。
困って兎埜を見たら、しょうがないなあって顔して笑いながら教えてくれた。
「それ、茅萱さんから持たされた料理。師匠に食わせろって。競争相手っていうのは……あの人たちの言うことだから、どこまでホントかは定かじゃないけど、茅萱さんと師匠、なんでも恋の競争相手だったらしいよ。決着がついた後で食堂の大将と知り合って、結婚して幸せだから師匠に負けて良かったって。それからは親友なんだって言ってる」
「恋! 師匠が!」
思わず突っ込んだら、兎埜がぶふって吹き出した。
「師匠だって人だから」
だから悲しい報せは悲しいし慣れないものだって、報せを知った茅萱ばあちゃんは、たくさんの美味しい料理を持たせてくれたらしい。
「悲しいのは仕方ないけど、たくさん食べて元気出せってさ」
師匠だけじゃなくてお前もだよ、と、兎埜が俺の肩を叩いた。
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