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第6話 暖かい時間
照葉に残されたものは、ほとんど動かない右足と、時々上手く血が巡らなくなる身体。
ついこの間まで並んで歩いていた。
一緒に走り回っていたし、兄弟子たちの手伝いで木に登ったりしていたのに。
照葉は歩くのに杖を使うようになった。
年寄が使う腰の高さのものではなくて、脇の下から身体全体を支える形の杖。
もう二度と、同じ速さで歩くことは叶わないと思い知らせるような、大仰な形の松葉杖。
照葉は毎日歩く練習を重ねている。
きっと俺なら苛立ってしまっていると思うのに、笑顔すら浮かべているのがすげえなと思う。
「オレは師匠のところに来ることができて、良かったと思う」
「こんな身体になったのにか?」
照葉がそう言ったのは、無理をしなければずいぶんと体を動かせるようになってきたころのこと。
紫竹が置いていった長椅子に、いくつかの枕を重ねて体の負担にならないようにして、照葉は干していた薬草を仕分けていた。
枯れている部分を取り除き、雑草をよけ、いい具合に乾燥しているところを、麻の袋に納めていく。
歩き回ることはまだそれほどできなくても、できる仕事をするのだといって、陽だまりの中で手を動かしながら、気持ちよさそうにしていた。
「そんなのとうに覚悟してたことだろ? こうなったからって追い出されたわけじゃねえし、まだ、弟子でいさせてくれる」
照葉が穏やかに過ごしているのは、いい。
でもふと聞いておきたくなって、俺は口を開いた。
「なあ……怖くね?」
「怖い?」
「呪い師がそういうもんだって知ってるけど、お前の目が開かなかった時、どうしようかと思った。試しのみは今までだってあったし、見ていてわかってるつもりだった……けど……」
俺の言葉を聞いていた照葉が、手を止めた。
「そうだな、オレも、怖い……かな」
照葉がゆっくりと思いを口にする。
「オレはいいんだ……けど、お前に同じことが降りかかったらと思うのは、怖いな。でも……でもさ、師匠はオレ達を絶対追い出さずに、大事にしてくれるから……」
「そだな……」
師匠は厳しい。
けど、絶対に俺たちを見捨てたりしないって、信じられる。
「いつかは独り立ちしなきゃだけど、それまでは、師匠の役に立ちたい……かな」
ん?
「なんだ『かな』って」
「ん? 何となく」
「はぁ?」
首を傾げたら、照葉は何か隠し事をしているときの顔で、照れ臭そうに笑いながら言い切った。
「それだけじゃないけど、できるだけ長くここに居たいってことだ」
「それは、そうだな」
身体の回復を待ちながら、照葉は家の中の仕事をする。
俺は照葉の手助けをしながら、呪い師の仕事をする。
照葉が身体を壊してから二年して、蒔鳥が独立した。
照葉は身体のせいで、独り立ちするのをためらっている。
師匠の方針で、ここの工房では余程特殊なものでない限り、自分で作る薬の分の材料は自分で採取することになっている。
傷薬や湿布薬や、熱さましや咳止め、なんていうごく普通に使われる薬を作っている分には、かなり恵まれた場所にこの建物はあるはずだ。
荒野のなかにあるけれど、森も谷も近い。
けど、それでも照葉には充分な材料を手に入れるのは難しいらしい。
逆に俺はといえば、薬を作る技術に問題がある。
自分でもわかっている。
同じ材料で同じ道具で同じ場所で同じ薬を作ったとしても、照葉の作ったものと俺の作ったものでは、何かが違う。
効能って部分じゃなくて、飲みやすさとか見た目とか、そういう部分で。
まだ照葉の体に問題がなかったころに、照葉と俺で苦手部分を補う手分けをしないかと、話し合ったことがある。
俺が材料を集めて、照葉が加工する。
絶対にその方が効率よくいい薬ができるって、考えたからだ。
しかし、それを師匠に相談したら、けんもほろろに切り捨てられた。
呪い師は師匠に一人前と認められれば、それぞれの道へと進む。
鹿央のあと、師匠は弟子をとっていない。
元々それほど弟子をとることに熱心でもなかったし、いい加減隠居したいのだと師匠は笑う。
笑いながら「後がつかえているわけでもなし、焦る必要はないさ」そう言ってくれるので、本当ならそろそろ独り立ちを考えなくてはいけない俺も、師匠のその言葉に甘えている。
暖かくてゆっくりと流れる時間。
俺が気に入っていた時間。
きっと、照葉も好きだと思っていたはずだ。
そんなゆっくりした時間を過ごすこともめっきり減ってしまった。
お互い何かと忙しなくなっているから。
特に照葉は薬の材料を集めるのに時間がかかって、一度出ていったらなかなか家には戻れない。
俺達はまだ師匠の元にいる。
照葉の右足も血の巡りが悪くなる症状も、一進一退のまま。
そのせいなのか、生まれつきか。
同じように師匠の弟子として暮らしているのに、成長しても照葉は日にも焼けず筋肉もつかず細くて白いままだ。
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