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第7話 もてるとは
「ねえ、誘ってくれてもいいのよ?」
照葉と一緒に村へ薬を届けに行って、帰りにいきなり捕まった。
帰り道に立ちはだかって、俺たちに偉そうにそう言ってきたのは、赤みがかった豊かな髪を持ち豊穣の神みたいな感じの体型の、同じ年頃で気が強そうな顔の娘。
確かどこぞの偉いサンと繋がりがあるって自慢していた、商家の跡取り娘だったはず。
「あの……?」
「どこに?」
なんか思い当たる節があるか? って照葉に目で聞いたけど、照葉も不思議そうな顔していたから、これは全く心当たりがないってこと。
今は収穫が始まったところで、農作業に関わる者たちは、村の外側にぐるりと広がっている農地の方に行っていて、村の中にいるのは別の仕事をしている者と子供たち。
晴れが続く今のうちに一気に収穫をしてしまわないといけない。
次の半月がかかるころには季節が移るだろうっていうのが、天気読みたちの意見で、仕事があるものは現在、皆、忙しいのだ。
猫の手も借りたいってくらいに。
俺たち呪い師も、季節が移る前に手に入れておきたい薬の材料があるし、農作業に必要な薬を納品しなきゃいけない。
だから、というので照葉と二人で村に来て、手分けして納めてきた。
帰る道すがら、薬草を採取していく予定。
「だから、あなたが誘うなら、付き合ってあげてもいいのよって言っているの」
「どこに?」
首をかしげた俺に、照葉が告げた。
「ああ、もうすぐ収穫祭だからじゃないか?」
季節が移ったら、いったん今年の農作業は終わりで、今年の実りに感謝する収穫祭がある。
それは知っているけど、それとこれとに何の関係が?
「ああ……そうだったっけ。で? 何の関係があるんだ?」
名前も知らないその娘が何を求めているのかわからなくて、そのままを聞いたら、何故だか真っ赤な顔で怒鳴りつけられた。
「収穫祭がどんな祭りか、わかっているんでしょ? あなたが望むなら、誘われてあげるって言っているの!」
「俺たちのどっちにそれを言っているのか知らないけど、俺たちは収穫祭には来ないから、誘うも何も……」
あからさまに表に出す人は少ないけれど、呪い師を気味悪がって忌避する人はいる。
だから、祭りなんかには参加しない方がいいだろうって、師匠はそう言っていた。
村の人たちとうまくやっていくのに、必要な心遣い、なんだそうだ。
幼いころは祭りの時期に村に来てみたくて、駄々をこねたこともあったけれど、今はそういうものだって理解した。
だから、俺も照葉も、祭りには参加しない。
「私が、ここまで言っているのよ?」
「って言われても、何のことだかさっぱりわからないんだが?」
「信じられない! なんて朴念仁なの?」
目を怒らせて勝手に言いつのって、挙句の果てには「最低!」なんて捨て台詞を投げつけて、彼女は走り去っていった。
解せん。
なんだったんだ、一体?
「今の、なんだったんだ?」
彼女の背中を見送って、照葉を見た。
結局、どっちに話がしたかったのかも分からない。
多分俺の方を向いていたから俺だろうって判断で、俺が相手をしたけど、それも勘違いだったのかもしれない。
彼女が話をしたかったのは、照葉だったのかも。
「うーん……まあ、夜長がわからなかったんなら、もうそれでいいってことにしておいて、いいんじゃないか?」
呆れたように溜息をつきながら、照葉が言う。
「そうか?」
「ホントに、ちゃんと夜長にわかってもらいたいことがあるとしたら、彼女の方からまた何か言ってくると思うよ」
「ああ、そう」
まあ、それもそうか。
照葉の言うことは確かにもっともだ。
っていうことで、俺たちは予定通りに薬草を摘みながら工房に戻る。
次に村に来るのは祭りの後かな、なんて話をしながら。
照葉の歩く速度と、俺が薬草を摘むのに街道をそれたりウロチョロしたりするのが、ちょうど同じくらいで、思ったより薬草が摘めた。
村から街道沿いに森の方向に歩く。
村にほど近いところは農地になっていて、抜けたら放牧地。
それから森までの間は、荒れ地。
工房は街道から少しそれたところ、荒れ地の中にある。
帰り着いて、摘んできた薬草を篭からザルに移して、明日には乾燥の棚に置けるように準備する。
今日の外の仕事はここまで。
あとは家の仕事。
晩飯を取っている時に、師匠はどこから聞きつけたのか、昼間の彼女の話を持ち出してきた。
「祭りに誘われたって?」
半笑いでそう聞かれて、ムカってした。
「あれは誘われたって言わねえ」
「最近、夜長はもてているから」
卓の中央に置かれた大皿から、料理をとりわけて師匠に差し出して、照葉が言った。
「は? なんだそれ?」
「ああ、そうらしいな」
くつくつと喉を鳴らすように師匠が笑う。
「師匠? 何っすかそれ?」
もてる?
誰が、誰に?
俺の問いかけを無視して、師匠と照葉が会話を続ける。
「おれも昨日、村のばあさんに夜長の女事情聞かれた」
「夜長がオレの面倒見てくれてるでしょ、あれを見て優しそうだって思うらしいですよ」
「そりゃあ、どこの夜長の話だって感じだな」
「いや、夜長は優しいですけどね。でも、なんか違うでしょって」
「まあ、婿がねにって話なら、おれを通せって言って拒んどけ」
「はい。っていうか、夜長が全く分かってなくて、ちょっと園生さんが可哀そうでしたけど」
勝手に話がどんどん進んで、むかつくから黙々を飯を口に入れる。
照葉は何故かほっとしたように笑って、俺の皿に料理を追加してくれた。
「夜長」
「はい」
「お前もだ。今回みたいに口説かれたり縁結びされそうになったら、俺を通せと言え」
え?
「あれ、口説いてたんですか?」
「誘われたんだろ? あわよくばお前を婿にしたかったんだろうさ」
「俺ですよ? 呪い師だし、照葉じゃないですよ?」
「こういう話は、お前にしか来ないさ」
残念なものを見る目つきで、師匠が俺を見る。
呪い師の弟子だってことを差し引いても、俺には縁談が来ることがあるんだそうだ。
俺は一部の女性が好む外見をしているらしい。
そういうのは絶対に師匠を通せって言われた。
「まあ、見る限り、お前にその気はなさそうだけどな」
「ないです。全然ない。今日の子も名前すら知らねえ子ですし、喧嘩売られてんのかと思ってました。っていうか、俺だけ? 照葉は?」
「オレはないよ。呪い師だし、この足だからね」
照葉が笑って言った。
それで、俺はますます腹が立つ。
もてるってなんだ?
俺よりも絶対に照葉の方が優しいし、努力家だし、頼りになるし、いろんなことができるのに。
そう思ったのに、照葉が他の誰かの婿がねになったら……と、一瞬考えかけて、ぐっと体に力が入った。
それは、なんかすごく嫌だ。
「夜長にその気がないことも、まだまだ早い話だってことも、よーくわかった」
師匠の言葉が、なんか妙にほっとした。
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