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第8話 最近の気持ち
小春日和の昼下がり。
俺は工房の窓際に座ってぼんやりと外を眺める。
暖かそうだなとか、風がなくてよかったなとか、これくらいの季節には森のあの辺にあの草が生えてきたことだろうとか。
それほど系統だってじゃなくて取り留めもなくそんなこと。
「ああ、じゃあ、こっちのと……それから、熱さましをもらっていくわ」
「まいどー」
さっきから考え込んでいた客が、かなり不本意な顔をして、俺が作った薬を買って工房から帰っていく。
その背に声をかけた。
不本意なら買って帰るなと言いたいくらいの気分になるけど、こっちだって生活かかっているのだから、そうもいっていられない。
買ってもらわなきゃ、日銭にならない。
客に対するイライラの導火線が短くなってるのには、気が付いてる。
最近、こういうのが多いからだ。
必要だからやむを得ず買っていくけど、ホントはこれじゃないんだよねー、って顔。
わかってる。
あの客は同じだけの金を払うなら、俺が作った薬じゃなくて、照葉の作った薬の方がよかったんだってことだ。
客の背が見えなくなるまで見届けて、建物の中に入る。
最後まできちんと見送るのが礼儀だと、妙なところできっちりとしている師匠がうるさいくらいに言ってくるから、そうするのが普通になった。
俺は割と表情が薄いらしくて『接客態度が悪い』と師匠に指導される。
『金を落としてくれる限り、お客様は神様です』なんだそうだ。
無茶ブリに応えるのは、それなりの前金があった時だけでよし。
上段に構えても金を落とさない奴は客ではない。
世の中的身分がどうであれ、大事にするのは客。
ずっと付き合って行ける、日常的に俺たちの薬を使ってくれる、客。
あるかないかがわからないような大口の客を待つよりも、日常に地道に、工房の薬を大事にしてくれる客が大事。
それが、いちばん基本的な……うざいくらいに口うるさく繰り返される、師匠の教え。
おかげで師匠にしごかれてぶつくさと言われるほど、客には文句を言われたことがない。
『愛想はよくないけど丁寧』だと、逆に褒められて困ることがある。
照葉は『愛想のいい子』といわれる。
どちらにしても、俺も照葉も、客受けはいい。
呪い師の仕事と愛想とか客を大事にするとか関係あんのか? って、一瞬思うようなことだけど、大ありだと師匠は言う。
呪い師だからこそ、人の中に居なければ、ますます人の理から零れ落ちるだろうっていうのだ。
今でも時折、試しのみはある。
自分が飲むのはいい。
弟子の仕事だし、師匠の役に立っているとわかるのは、安心する。
身体のこともあって、照葉にはあまり試しのみ仕事は回らない。
ただでさえ血の巡りが悪くなる照葉には、あまりさせたくないと、俺も師匠も思っているから。
照葉は自分も手伝いたいと、師匠にふくれっ面をして見せるけど、大抵は師匠が説得して俺が飲むことになる。
照葉が試しのみをしないで済むのは、安心だ。
それでも。
夜中にぽっかりを目が覚めたとき、照葉の息を確かめてしまう。
今は別々の部屋になっているけれど、同じ部屋にいた時は特にそうだった。
別の部屋になった今でさえ、時々、心配でたまらなくなって夜中にこっそりと照葉の様子をうかがいに行ってしまう。
師匠に見つかったら『情けねえな、おい』と、笑われるに違いないほど、頻繁に。
でも、師匠にも兄弟子たちにも、それこそ、照葉自身にも。
俺のこの感じは――どう言ったらいいのかわからないほどに、不安になってしまうこの感じは、伝わらないと思う。
安らかに眠る照葉の息を確かめて、首筋に沿わせた指先に照葉の脈を感じて、初めて俺は安心する。
あの時。
師匠の薬を飲んで、倒れてしまった照葉を見ていた時。
血の気のない細い息をしていた照葉が、怖かった。
もう二度と、目をあけて笑う照葉に会えないかと思った。
淡い目の色に対してくっきりとした光彩が印象的な照葉の目。
その時に初めて、何度でも覗き込みたいと思った。
だから目を開けろと。
俺の目を見て笑ってくれ、そう、祈った。
『俺の家』だと、師匠が笑うたびに湧き上がる申し訳なさ。
家族だと言ってくれるのに。
大事にしてくれているのに。
それをぶち壊すような感情を持っていて、ごめん。
師匠に呆れたように笑われたけど、あの日に気がついた。
俺は自分が持てるのも、自分に縁談があるのも、照葉がここを離れるようなことになるのも、嫌だ。
俺は最近イライラしている。
呪い師としての腕が思うように上がらないことや、師匠への申し訳ない気持ちや、それでも消し去れない思いのせいで。
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