1 / 62

第1話 プロローグ1

「悪霊退散! 悪霊退散!」  俺は、辺りに塩をばら撒きながら気合を入れて、繰り返し言った。 「きえぇーぃ!」  そう大きな声を出すと、俺は真顔で合掌して後ろを振り返る。  振り返ってみれば、スーツ姿の偉そうな人間、数人が俺を複雑そうな顔をして見ていた。  ここは、とある会社の社長室だ。  俺は、依頼を受けて、この社長室に出るという幽霊の除霊をしていた。 「これで除霊は終わりです」  俺がそう告げると、頭の禿げあがった男が俺に縋りついてくる。  その男は、高い声を出してこう言った。 「あの、本当にこれで社長室にいる時、突然頭痛にさいなまれたり、会社の階段から滑ったり、エレベーターに挟まれたり、普段はハイヤーなのにたまたま電車に乗ったら痴漢に間違われたり、という事は起きなくなるんでしょうか?」  俺は、業務用の笑顔を作って答える。 「大丈夫ですよ、社長。もう社長におかしなことが起こる心配はありません。社長に憑りついていた前社長の霊は私が完璧に除霊しましたから」 「ありがとうございます。これで安心して仕事が出来るというものですわい」  頭の禿げあがった男……もとい、社長は、ガハハハッと笑うと、汗ばんだ手で俺の手を握る。  後で手を洗わねばなるまい。 「所で社長。謝礼の方なのですが」  俺が控えめな風にそう言うと、社長は、「そうでしたな、おい!」と手を叩いた。  すると、眼鏡を掛けたインテリ風な男が俺の方へ来て、厚い茶封筒を俺に渡す。  俺は、断って中身を確認した。  つい、口笛が出そうな金が中に詰まっている。 「こんなにいいんですか?」  俺が訊くと、社長は笑いながら「足りなかったらおっしゃって下さい」と言う。 「いえ、十分ですよ。ありがとうございます。では、私はこれで失礼させて頂きます」 「さようですか。おい、秋山、拝み屋さんを玄関までお送りしろ!」  社長が偉そうにそう言う。  送りなんてこっちが気を使うだけだ。  勘弁して欲しい。 「社長、それには及びませんよ。一人で戻れますので」  俺は丁重にお断りする。  しかし。 「そうはいきませんわ。本当は私がお送りしたいんですが、これから会議がありましてな。ですので、秘書の秋山に玄関まで送らせますわ。秋山、頼むわ」  社長の命令に、さっき俺に金を渡してくれた男が「はい」と答える。  秘書は会議に出席しなくていいのかよと思うのは俺だけだろうか?  そう言えば、この秋山という男、終始うさん臭そうに俺を見ていた。  俺としてはそんな相手に送られるのは勘弁中の勘弁なのだが、もう仕方ない。  俺は秋山を引き連れて社長室を出た。  長い廊下を歩いて、エレベーターに乗り込むと、ずっと黙っていた秋山が口を開いた。 「あの、今回の除霊の件なのですが。あなたの霊視によると、前社長の霊が社長に憑りついている、という事でしたが、本当でしょうか?」 「それは、どういう意味ですか?」 「前社長は大変穏やかな方で。社長の事も突然亡くなるまで随分と可愛がっていらしたので。前社長が社長に憑りついていると聞いて、どうも腑に落ちないというか」  秋山は眼鏡を人差し指で押し上げる。

ともだちにシェアしよう!