3 / 62
第3話 一の怪1
十一月。
その日の新宿二丁目はやけに冷えていた。
俺は一人、友人の花凛(カリン)を待ちながら、バー・カルナバルでクラフトビールを楽しんでいた。
バー・カルナバルは花凛のお気に入りで、花凛と飲む時は必ずここと決まっている。
バー・カルナバルのママは髭剃の青い後の残る五十代半ばのニューハーフで、常連客の俺が一人の時は静かに飲むのを知っていて、オーダーを置くと直ぐに消えてくれる。
「君、一人?」
黒いスーツの男が俺の隣に座り、話しかけて来た。
ここに来ると、出会いを求める男達からいつもこうしてお声が掛かる。
同性愛への偏見は一切ないのだが、俺にはそっちのけは一切なかった。
「悪いけど、コレがいるんだ」
俺が小指を立てて言うと、男は「何だよ、そっちかよ」と言って、舌打ちを残して去って行った。
やれやれである。
「ちょっと、見てたわよ。双一、またナンパされてたわね」
そう言って俺の両肩を叩いたのは、待ち合わせの友人、須羽花凛(すわかりん)だ。
花凛はサラサラのロングヘアーの黒髪を揺らせて俺の隣に座ると、ミニスカートから覗く白い足を組んでショルダーバックからメンソールを取り出して火をつけた。
「花凛、遅かったな」
「ごめんね。仕事が遅くてさ。それにしても、あんた、相変わらずおモテになるわね。女は諦めてそっちの道に行けば」
花凛が可笑しそうに言うが、こっちは男にモテても面白くもなんともない。
「お前の方こそ、男にモテるんだから、こっちの道に来たら」
俺が言うと、花凛は、「まさか」と言う。
「男は双一だけで懲り懲りよ」
花凛が紫煙を吐き出した。
俺と花凛はお互いが十九の時、付き合っていた。
お互いの友人の付き合いで行った合コンで知り合った俺達は意気投合し、花凛からの告白で付き合うこととなったが、分かれも花凛から切り出された。
花凛はレズビアンだった。
別れ話の時、レズビアンなのにどうして俺と付き合ったのか、と訊くと、花凛は、「だって、あんた、可愛い顔してたから。気も合うし、あんたなら大丈夫かなって思ったんだけど、やっぱり私、女の子相手じゃないと無理みたい。だから分かれて」と言った。
俺の方も、花凛に対する愛情が恋愛感情で無い事に薄々気付いていたから、すんなりと別れる事を了承した。
しかし、気ばかり合う俺達は、恋人として終わった後も、こうして二人で会っている。
今日は、花凛が俺の引っ越し祝いをしてくれると言うので、こうして待ち合わせをしたのだった。
「新しいウチ、今日からだっけ?」
オーダーを終えた花凛がおしぼりで手を拭きながら言う。
「ああ、昼間に荷物を運び終えたとこ」
「それは、お疲れ様。しかし、昨日までボロアパート暮らしだったあんたが、まさかマンション暮らしになるとはね。詐欺のお仕事はそんなに儲かるのかしら」
詐欺のお仕事とは、俺の拝み屋の仕事の事だ。
花凛は俺の仕事の事を知っている。
その上で俺の事を、いつも詐欺師と罵るのだ。
ともだちにシェアしよう!