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第5話 一の怪3
「帰っていいかって? ノー!」
花凛が席を立とうとする俺の肩をがっしりと掴む。
「逃がさないわよ! 二丁目の夜はこれからよ! ママ、梅酒ロックお代わり!」
「花凛、勘弁してくれよ!」
バー・カルナバルでの、花凛による恋愛座談会は三時間半にも及んだ。
ママも途中で加わり、他の客も巻き込んで、座談会は大いに盛り上がったが、俺はへとへとだ。
今、俺は自宅のマンションの前にいる。
今の時間は深夜二時。
終電を逃がし、引っ越しで金を使ってしまいタクシーを使えるほど財布が潤っていない俺はマンションまで徒歩でやっとの事たどり着いたのだった。
マンションのロビーでうろ覚えのオートロックの番号を打ち込み、なだれ込むようにエレベーターに乗り込み、部屋のある四階まで上がった。
エレベーターから降りると、よろよろと廊下を進む。
ああ、早くシャワーを浴びてベッドで休みたい。
何だか酷く頭が痛い。
飲み過ぎた。
眉間を抑えながら俺の部屋409号室の近くまで来て、俺は首を傾げる。
俺の部屋の前で人が座り込んでいる様に見えるんだが、幻か。
こんな幻を見るなんてやっぱり飲み過ぎただろうか。
しかし、近づいてみると、どうやら幻では無いらしい事が分かった。
緑色のジャージ姿の黒髪の男が俺の部屋の前で確かに座り込んで、眠っている。
男は、眠りながらも左手にコンビニ袋をしっかりと握り締めていた。
この男は何者なのか。
何者にしても、邪魔である事には違えない。
「あの、もしもし。すみません。あのぅ」
俺は男に声を掛けた。
「ううんっ」
男は小さく声を漏らし、身じろぎする。
しかし、目を覚ます様子は無い。
目を覚ますどころか、こいつ、むにゃむにゃと言っていやがる。
何だかイラついて来た俺は、多少乱暴に男の肩をゆすり、男の耳元で、「もしもし! もしもしっ!」と怒鳴ってやった。
本当は蹴りでも入れてやりたいところだが、それは我慢してやった。
男の肩を揺らし、声を掛ける事、数分、いい加減、本当に蹴りを入れたくなって来たところ、男がやっと目を開いた。
男はあくびを一つすると、目をこすり、俺を見上げた。
「んっ……はい? 誰ですか?」
キョトンとした顔で男は俺にそう言う。
それは俺の台詞ですよ。
「俺は、あなたが今、座り込んでいらっしゃる所の部屋に、今日、引っ越してきた者ですが」
「え」
「いや、あなたが俺の部屋の玄関扉の前に座っているんで中へ入れないんですけど」
「えっ、えっ?」
男は首を回して部屋のナンバープレートを目で確認する。
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