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第6話 一の怪4

 男の顔がみるみる青ざめる。 「す、すみません。間違えました」  そう言って男はゆらりと立ち上がり、俺に深々とお辞儀をする。 「いえ、大丈夫ですよ」  俺は愛想笑いを浮かべた。 「本当に申し訳ありませんでした」  男は、また俺にお辞儀をすると、「じゃあ」と言って、俺の隣の部屋、408号室の玄関扉まで蟹の様に横移動して玄関扉の前へ立った。  なるほど、隣人であったのか。  俺は自分の部屋の鍵を鞄から漁りながら、何となく横目で男の方を見た。  男は隣の玄関扉の前でぼうっと突っ立っている。  そして、そのまま扉の前に座り込んだ。 「え、あの?」  狼狽える俺の声を無視して、男はあろうことか、そこでまた眠った。 「マジかよ」  俺は思わず口に出してそう言った。  こいつは何なんだ。  本当に隣の部屋の住人なのだろうか。  なら、普通、自分の部屋に入るだろう。  部屋の外で寝るってなんだ。  理解できない。  ああ、この男を見ていると、飲み過ぎでズキズキする頭が何だかさらに痛む気がする。 「み、見なかったことにしよう」  俺は自分の部屋の玄関扉を開けると静かに中へ入り扉を閉め、鍵を掛け、ついでにチェーンを掛けた。  体から一気に力が抜ける。  頭が痛い。  俺は玄関扉にもたれかかった。  しかし、あの男、思わずほっといて来てしまったが、大丈夫だろうか。  いや、余計な事は考えるな。  俺は何も見なかった、そう決めたはずだ。  余計な関わり合いはごめんだ。  あいつがどうなろうと知ったことでは無い。  一度は起こしてやったんだ。  二度寝するあいつが悪い。  そう、悪いのはあいつであって、俺では無い。  だが。 「…………」  あのまま放っておくっていうのはさすがに人でなしであろうか。 「……………………」  もしも、あの男が隣人であった場合、あのまま放っておいて風邪でも引かれたら根にもたれはしないだろうか。 「………………………………」  いや、あの様子だ、俺のことなど覚えてはいるまい。 「…………………………………………くそっ!」  俺はチェーンを乱暴な手つきで外し、鍵を開け、扉を、音を立てて開いた。  扉から首を出して隣の様子を覗くと、男がまだ座り込んでいた。  外の空気は大分冷えている。  このまま放っておいたら、あの呑気そうな男も風邪くらい引くかもしれない。 「あーっ、くそっ!」  俺は頭を掻きながら男の側まで行く。  男は気持ち良さそうに寝息を立てている。 「呑気なもんだぜ。……あの、もしもし? もしもぉーし!」  俺はしゃがみ込み、男の肩を揺する。  ガクガクと男の首が揺れる。 「おい、朝だぞ! 起きろ! 朝!」  朝じゃねえーよ! と自分でも思うが、起きない相手に言う台詞のセオリーだ。 「ううっ、んっ、あさ?」  セオリー通りに男が目をパチパチさせて寝ぼけ眼に俺を見る。  俺は、ため息を男に吐きかけた。

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