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第10話 一の怪8

 優男は大きく頷いた。 「はい。自分でもいまだに認めたくないですが、本当に霊です。一年前に、僕はこの部屋で死んだんです。それからずっと、成仏出来ずに僕は、ここにいるんです」  自称霊の優男は悲しそうな顔をして俯いた。 「この部屋で死んだって、どうしてまた。病気か何かか?」  不躾に俺が訊くと、優男は首を激しく横に振った。 「違います、餅を喉に詰まらせて死んだんです」 「はぃ? 冗談だろ?」 「本当です。凄く苦しかった。僕、死んでから、こうして霊になってしまって……仕方なく、死んだ後の自分の体を外側から見ていたんです。死後から二週間近くたってから僕の遺体は発見されたんですけど、そのころには遺体は見られたものじゃなくなっていました」  眉を下げる優男。 「何だよ、それ、二週間たってから遺体を発見って変死じゃねーか。それに、おかしいだろ。普通、二週間もあれば、あんたと連絡が取れなくなって、家族とか友達とか、会社の人間とかがおかしいと思って様子見に来たりするだろ」 「はい、変死ですね。警察も部屋に来ましたけど、でも、事実は単に餅を喉に詰まらせただけですし。発見が遅れたのは、友達の方は良く分からないですけど、会社は……僕の勤めていた会社、ブラック会社でして、社員が急に連絡が取れなくなってそのまま辞めるってことがしょっちゅうの会社でしたから、無断欠勤で特におかしいと思う人なんていませんから、いちいち様子なんて見に来ないですし……。家族は……いませんし。近隣住民の方が、僕の部屋から異臭がするって警察に連絡したらしくて、それでやっと僕の遺体は発見されたんですよ」  何とも、とんでもない話だ。  俺は返す言葉に困った。 「そ、そう。えーっと、家族はいない、か……まぁ、あんたの死体の発見が遅れた事情は分かったよ。そんなに若いのに餅を喉に詰まらせて死んだんじゃあ、成仏も出来ないよな。その……何て言うか、辛いな」  俺の口からはやはり、気の利いた台詞は出て来なかった。  この男、こんな若いうちにそんな風に亡くなって、成仏も出来ずに現世をさ迷わなければならないなんて、これが現実だとしたら俺ならばやっていられない。 「同情して下ってありがとうございます。確かに成仏もせずにさ迷っているの、結構辛くて、だから、成仏はしたいんですけど、心残りがあって出来ないんですよ」 「心残り?」 「はい、心残りです」 「ふぅーん、そんな、成仏出来ない程の心残りがあるもんかね」  煙草の煙を吐き出して俺は言う。 「君には無いんですか、そういうの」  訊かれて少し考えてみるが「無いね。あったら教えてもらいたいくらいだよ」そう答えた。  今の仕事は性に合っているとは思うが、こだわりはない。  インチキ霊能者なんていつまで続けられるか分からないからだ。  気の合う仲間はいるが、特別な人間関係もない。  夢も希望も、やりたいこともある訳では無い。  ただ、毎日をこズルく生きているだけのこの俺に、この世に残す未練何てありはしない。  だから、心残りなんてありようがない。  それが悪い事とも思わないし、寂しい事とも思わない。 「そうですか。でも、あなたもまだ若いんですから、これからきっと、何か心残りになる様な事が出来ますよ」  霊に励まされるとは、何だか虚しい。 「そんなもんかな」

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