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第36話 二の怪2
熱さと熱気と格闘して取り出したナポリタを皿に移し替え、滑る様にしてキッチンの横の小さな四角いテーブルに置き、クッションのしっかりした椅子に座り、フォークなんてものは使わずに箸でナポリタンを、ずるりと啜る。
うむ、これが老舗の味か。
老舗の味か否かより、俺が作るよりは上手いだろう。
そうだ、粉チーズがあったよな。
座ったまま、キッチンカウンターの上を見回して粉チーズを探す。
あった。
テーブルから立ち上がり、粉チーズを取って戻ると大胆にナポリタンに振りかけた。
いい感じだ。
こうなれば、タバスコも欲しい。
ああ、何だか赤ワインも飲みたくなって来た。
確か、冷蔵庫に一本冷えていたはずだ。
この際、簡単なサラダでも作っちまうか。
レタスとトマトと後何かあったろ。
「あの、片葉君、それ、いつ食べ終わります?」
ゴトウさんの声が頭上から掛かる。
俺はビックリして箸を取り落とした。
ゴトウさんの存在をすっかり忘れていたのだ。
幽霊だけにいざ黙ると存在感を消す事が上手いゴトウさんだった。
俺は、存在を忘れていた事などおくびにも出さずに「食べ始めたばかりだからもう少しかかる。待っていられないのか?」と言った。
「えーっと、はい」
ぼそりと言ったゴトウさんは顔を赤くしている。
早く恋バナがしたいゴトウさんに対し、こっちはゆっくり食事がしたい気分である。
出来ればこっちの食事が終わるまで待っていてもらいたいところだが、もじもじしたまま待たれるのも嫌な感じだ。
「……飯食べながらでも良かったら今からでも話そうか」
そう言うと、ゴトウさんは、ぱぁっ、と明るい顔をして、「ええっ、良いんですか」と言う。
「良いも何も、あんた、そのつもりだったんだろ」
図星を言われてゴトウさんが腹の底からひねり出すように、ううっ、と唸り声を上げる。
「ほら、そんな風に頭の上をふわふわ飛んだままじゃ話しもしにくいから、とりあえず俺の前の空いてる椅子に座われよ」
幽霊が椅子に座る事が出来るのかは考えずに、俺はゴトウさんに椅子を勧める。
ゴトウさんは空中から降りて来て、俺の進めた椅子にするりと座った。
俺は、思わず、「おおっ!」と声を上げる。
その声に反応して、「何ですか?」とゴトウさんが聞いて来たので、思ったまま「幽霊も椅子に座れるんだなと思って感嘆の声が漏れたんだ」と告げた。
「座ってませんよ。座っている風にしているだけです」
ゴトウさんは手品師の様なことを言う。
「どういう事だよ」
「どういう事って、僕、透けているじゃないですか。透けている僕が実体のある物に触れられると思いますか」
ああ、そう言えば、以前、俺がゴトウさんの体に腕を入れてみた時、俺の腕はゴトウさんをすり抜けてしまった。
ふむ。
実体のない幽霊のゴトウさんは実体のある物には触れられない。
「だから、椅子には座れないから、座っている風なわけか」
「はい、その通りです」
「なるほど。その、座ってる風でいて、ゴトウさんには苦痛とかは無いわけか。何か、変な感じがするとかさ」
「苦痛はないですね。変な感じならしていますけど。座ってもいないのに馬鹿馬鹿しいなって」
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