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第37話 二の怪3
「あっ、そう。あの、苦痛が無いなら、出来れば、その、座っている風のまま話してもらって良いかな。こっち、食事中だしさ、飛んでいられるのも立っていられるのも何か気になっちゃって嫌なんだ」
「ああ、はい、良いですよ。何か、本当は座っていないのにすみませんって感じで恥ずかしいですけど」
「そこは置いておく」
「はい」
話はゴトウさんが座っている風で進められる事になった。
そんな事はどうでもいい。
俺は、ナポリタンを箸に絡めながら椅子に座った風で俯いているゴトウさんの頭のつむじを見る。
彼の口から話が始まるのを待っているのだが、銅像かと思うくらいにゴトウさんの口は開かなかった。
ここは俺の方から話を切り出すべきなのか。
だとしたら、何の話から始めていいのやら。
そもそも、俺の方から切り出していい事なのか。
話があると言ったのはゴトウさんの方なのに。
ゴトウさん、いざとなったら黙るのか。
あんた、どれだけ引っ込み思案なんだ。
優男風だがルックスもまあまあ悪くない。
ブラック企業に勤める根性もあるあんたの欠点は女々しさと、その究極の引っ込み思案だよ。
俺は、ため息を吐き出し、ナポリタンを噛みちぎり、(どうでもいいが、ナポリタンとナポレオンは似ている)席を立つ。
急に席を立った俺に、ゴトウさんがハッと顔を上げ、不安そうな目で俺を見つめる。
それには構わずに冷蔵庫から冷えた赤ワインを取り出して買ったばかりのソムリエナイフでわりと苦労しながらワインのコルクを抜いた。
そして、ワイングラスにワインを注ぎ入れてテーブルに戻る。
こういう時は酒に限る。
話が進むときも進まない時も酒だ。
俺は、テーブルにグラスを置く。
一つを自分の手元に、もう一つのグラスをゴトウさんの手元に。
そうして気付く。
「片葉君、僕は飲めませんよ」
そう言って笑う後藤さんの声が渇いて聞こえる。
幽霊は実体のある物には触れられない。
「悪い、うっかりした」
ゴトウさんが最後に口にしたのはワインなんてしゃれた物じゃなくて喉に詰まらせた餅だった事を思い出す。
「謝る事じゃ無いですよ。有り難く頂きます、形だけ」
そう言って、ゴトウさんは笑い、グラスに触れた。
もちろん、実際には触れてはいない。
触れていないが、ゴトウさんは、まるで実際にグラスを手にしている風に指でグラスの輪郭をなぞるようにした。
そして、ゴトウさんはグラスを両手で挟んだようにする。
それを両手に持ってゆっくりと持ち上げるふりをして、へたくそに喉を鳴らして、ワインを飲んでいるかの様に装って見せた。
ゴトウさんがそうしている間、ゴトウさんの手元に置かれている一口も飲まれていないワインの赤い色が、まるで超能力者のいかさまを訴える野次馬のように存在を主張していた。
「うん、美味しい」
ゴトウさんは透けた手で、グラスをテーブルに置く真似をする。
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