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第38話 二の怪4

 その動きはとても慎重だった。  このグラスの中には、まだワインが残っているぞ、と、それを主張している様に思えるような慎重さに思えた。 「僕、生前はお酒が好きで、二丁目とかで結構飲んでいたんですよ。たまに、友達が奢ってくれたりして。死んでから、またこうしてお酒をご馳走になるだなんて夢にも思いませんでした」  歌でも歌いだしそうな明るい声でそう言ったゴトウさんの目に、涙がうっすらと滲む。  唇は真一文字に結ばれた。  何をやってるんだ、こいつは。  俺は呆れた。  彼が幽霊じゃなかったら、死んでさえいなかったなら、とんだ茶番を見せられたと笑っただろう。 「乾杯もせずに先に飲むやつがあるかよ」  自分でもつまらないなと思う台詞を吐くと、俺は一気にグラスを煽った。  くらくらする。  目じりを押さえて、「それで? どうして甲斐のやつなんかが良いんだよ」と切り出した。 「えっ、えーと、あの」  ゴトウさんは、やっぱりもじもじとする。  それには構わず、「ほら、言えよ。あの、ぼんやりした男のどこに惚れたわけ?」と、前のめりになり、俺は訊いた。  面倒だが、恥ずかしがり屋には、こっちから話を振るのが一番だ。  とにかく、こいつの話を聞いてやるのだ。  確か、一目惚れとか言っていたか。  やはり、甲斐のあのルックスに惚れたのだろうか。  まあ、性格はともかく、見た目だけで言ったら悪くないやつだ。  ただし、緑のジャージ姿じゃ無ければ、だ。 「見た目?」  俺は遠慮なく訊いた。  ゴトウさんはせわしなく視線を動かした後、俺とは目を合わせずに、コクリと頷いた。 「ふーん」  まあ、一目惚れする大体の理由が相手の見た目だ。  何せ、一目見て惚れると書いて一目惚れと言うのだ。  一目見た、その見た目で惚れるからこその一目惚れだ。  後は、それに、やれ、爽やかさがどうのとか、優しそうだがどうのとかの好きになる理屈が付いて来るのだと、俺は思う。  よく、一目惚れを信じるか否か、という話があるが、それについて言えば、俺は否だった。  その理由を唱えるには、俺が高校二年の頃まで遡る事となる。  高校二年の春から、俺は家庭の事情により、転校し、定時制高校に通う事となった。  どういう事情で、というのはここでは語らずにおく。  そこで出来た友人の一人に、南というやつがいた。  フルネームは南由紀夫。  南は背が低くて、目が大きくて、まつ毛が長い、笑うと、えくぼが出来る、明るいやつだった。  そんな南の取柄と言えば、俺から見れば、明るいだけのように思えるほどに、南というやつは、えらく明るい。  こう言うと、俺が南を馬鹿にしている風に聞こえるが、決してそうではなく、俺は南をリスペクトしていた。  南さえいれば世界中に起っている紛争なんて無くなるだろう。

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