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よくできました 11

緩(ゆる)いウェーブがかかった明るい茶色の髪を軽く振って拒否するので、オレは安堵しながら立ち上がった。 食べ終わった食器を重ねてキッチンに持っていくと、緋音さんが残りのお皿とワインを飲み干したグラスを持って来てくれた。 こんな風に食器を持って来てくれるなんてこと、めったにないので少し驚きながら、久しぶりに会えたから優しくしてくれてるのかもしれないと、嬉しかったので素直にお礼を言う。 「ありがとうございます。これ洗ったらデザート出しますね」 受け取ったお皿を水につけながら、昨日頑張って抹茶のスポンジと桜のムースとクリームで作ったケーキを思い出しながらそう言うと、緋音さんは深紅の口唇を開きかけて、閉じてを繰り返す。 視線がオレと洗い物とを行ったり来たりして、何を言いたそうに逡巡(しゅんじゅん)して、戸惑ったように眉根を寄せている。 オレは食器を洗いながら、緋音さんの珍しいその反応を、視界の端で捉(とら)えていた。 何かを言いたそう・・・どうしたんだろう。 オレは緋音さんが話しやすいように、特にしつこく問いただしたりしないで、隣に立ったままの緋音さんを気にしていないフリをして、食器を手早く洗って水切りカゴに入れていく。 緋音さんは言いたいことがあるのになかなか言い出せない時の、いつもの態度をしていて、しばらくオレの作業を見守っていたけれど、オレが水を止めて手を拭いているのをじっと見て。 手を拭き終わるのを待って、不意にぐいっと、袖を引っ張られた。 反射的に振り向くと、緋音さんは奇麗な薄茶の大きな瞳を潤ませて、白くて緩やかな円(まる)みを描いている頬をうっすら赤く染めて、微(かす)かに呟(つぶや)いた。 「・・・お風呂・・・」 深紅の口唇が、潤んで瑞々(みずみず)しくて、美しい。 思わず吸い付いて、噛み付いて、食い千切りたいと、思ってしまう。 そんな醜い衝動をオレは必死に隠して、紳士的な笑顔を顔面に貼り付けて、穏やかな声を造って緋音さんに微笑みかける。 「あ・・・先にお風呂がいいですか?」 「・・・ああ、うん」 恥ずかしそうに伏せられた薄茶の瞳が、微かに震える長くて濃い睫毛(まつげ)が、ほんのり桜色に染まった頬が、すっと通った鼻筋と薄いけれど官能的な口唇が、美しい。 久しぶりに会ったせいか、空港で会った時から、どうにも緋音さんの全部が色っぽくて艶っぽくて、溜まっている肉欲が暴れそうになっている。 全部抱きしめて、全部閉じ込めて、全部壊したくなる。 食らい尽くして、呑み込んで、もう二度と何処にも行けないように、縛りあげたら、この人はどんな顔をするのだろう? ダメだ。考えるな。そんなこと、絶対に。 「沸かしてあるから入って大丈夫ですよ」 予約タイマーをしていたので、10分くらい前にお風呂が沸いたことをお知らせする音が鳴っていたことを思い出しながら、オレは緋音さんににっこりと微笑みながら言った。 悟られちゃいけない。こんな醜い感情(よくぼう)。 緋音さんにだけは、知られちゃいけない。 緋音さんはそんなオレを少し苛ついた瞳(め)になって見上げて、また艶やかな口唇を開いては閉じてを繰り返す。 さっきから繰り返される仕草。 何だろう? こんな緋音さん・・・たまに見るけど、珍しいな。

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