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第1話「俺は奴隷にはならない」

 真実の愛を見つけた。  先日、そんな臭いセリフを吐いていた友人がその恋人を連れて、何故か今目の前の席に座っている。 「理久、改めて紹介するけど、彼女が俺の恋人兼パートナーの東条 百合(とうじょう ゆり)さんだ。それでこっちがーー」  春馬(はるま)は、百合に向かって理久(りく)との関係を説明をする。入学式の時に出会い、同じDom性を持つことをキッカケに仲良くなったこと。それから大学三年の現在まで仲良くしていること。  春馬が説明を終えると、百合はこちらに手を差し出した。  理久はそれをじっと見つめてから、握った。 「はじめまして。東条百合と申します」 「……はじめまして、南野です」  なんで俺、改まって友人の恋人と挨拶させられちゃってんの?  理久は説明を求めて春馬に視線を送る。しかし彼はこっちなど見ておらず、百合を見て目尻に皺を作っていた。  うわっ、きもっ。  理久は、春馬のいかにも幸せそうな顔を見て、腹の底からモヤッとしたどす黒い感情が湧き上がってきた。 「理久さん、これからお世話になります」  理久が春馬の顔を見てイライラしていると、百合がこちらに向かって頭を下げた。 「えっ、なに? どういうこと?」  唐突な百合の行動に困惑した。すると、春馬が手を合わせて「あー、ごめん」と謝ってくる。 「理久には、大学内で俺が百合と一緒に行動できない時に、百合と居て欲しいんだ」  本当なら百合に話す前に、話を通すべきだったんだろうけど、理久なら絶対頼まれてくれると思って。とか何とか言って、春馬は謝りながら、謎の信頼を寄せてくる。 「最近じゃ、Subへの偏見も薄れてきたとはいえ、またまだSubにとっては物騒な世の中だろう? 彼女には危ない目にあって欲しくないんだ。頼む!」    この世には男女という性別とは別に、DomやSubといった特殊な二次性別を持つ人がいる。  Domは、支配したい。お仕置をしたい。管理したい。甘やかしたい。守ってあげたい。などの欲求を持つ。  反対にSubは、支配されたい。お仕置されたい。虐められたい。褒められたい。管理されたい。かまって欲しい。などの欲求を持つ。  こういったSubの被虐的な欲求により、昨今までSub性を持つ人は差別される対象だった。  しかし最近ではそれが一変して、Subを差別するのは万死に値する。Subは可哀想だから守ってあげなければいけない。といった論調になってきている。  反吐が出る。  しかしここで春馬の要求を断れば、理久は世間でいう悪者だ。 『特にDomは、自身の欲求の為に酷いことをするのだから、率先してSubを守らなければならないですよね〜』  いつ見たのか覚えていない。ニュース番組のコメンテーターの声が頭に浮かんだ。  別に好きでDomに産まれてきたわけでもなければ、率先してSubに酷いことをしているわけでもない。  勿論、欲求解消の為のプレイで選んだSubに被虐嗜好があれば痛いこともする。被支配欲求があれば、命令して従わせたりもする。世間で言う酷いこともする。  しかしそれは、Subが本気で嫌がれば出来ないのだ。  そういったプレイをする時に、DomとSubの間でセーフワードというものが決められる。  Subがセーフワードを言えば、どんな状況であってもDomはプレイを辞めなければならない。いや、辞めさせられる。身体の構造上、そうなっているのだ。  そもそも、本人間の取り決めに他人がとやかく口を挟む権利は無いだろ。    なのに何も知らないNormalや、Sub、Subのパートナーを持つDomは寄ってたかってDomを加害者扱いだ。  勿論Domの中には、セーフワードを決めずに無理やり酷いことをしたり、Subの意に沿わないプレイを強要したりする奴もいる。  ただそんな奴は、一部の異常者だ。だけど世間は、一部の異常者とDomの性質だけを見て、加害者扱いされたくなければ、Subをお姫様扱いしろという。それがDomの義務だとでもいうように。  春馬に悪気はない。きっと友達として信頼しているからこその頼みなんだろう。  しかし、理久きはその頼みが聞けなかった。    先程からぐつぐつと腹の奥底から煮えたぎるどす黒い感情を、理性で押さえつけた。スマホをカバンから取りだし、ロック画面を見るふりをする。 「ごめん、俺、用事思い出したわ。あと俺、前から言ってたと思うけどSubが苦手だから護衛は無理。んじゃっ」  理久はなるべく軽い口調で言い切ると、椅子から立ち上がり、現金を机に置く。カフェのテラス席で話していた為、周りの邪魔にならない程度に急いで、走り去った。  残念ながら理久には、Subを甘やかしたいだとか、守ってあげたいだとか、そんな欲求はない。  ーーー俺はSubの奴隷(おうじさま)にはならない。

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