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第2話「彼の前では等しく奴隷」

「春馬とも、もう無理かなー」  カフェテラスから走り去った理久は、当てもなく大学内を歩いていた。勿論、急ぎの用事などない。  春馬とは、二年前の春に出会った。第一印象はモサい男。話しかけてみて、Domだということが分かった。しかし、理久にとってはそんなことはどうでも良かった。Subでなければ性別などなんでもいい。それよりも、  ーーーモテそうにない冴えない男。  そこに友人としての魅力を感じたのだ。    理久は、周りに守られることが当然かのように思っているSubが大嫌いだ。そんなSubと仲良さげに歩くDomやNormalが嫌いだ。見てると酷く腹が立つ。  だからこそ、Subと付き合わなそうな、付き合えなさそうな春馬は、都合が良かった。長く仲良く出来そうだなと思っていた。  しかし、もうダメだ。    理久は人を傷つけたいわけじゃない。嫌いなものには近づかないでいようの精神で生きてきた。溜まるDomとしての欲求は、定期的に理久の条件を呑めるSubを見つけ、同意の元で発散した。  そうして、自分なりに折り合いを付けて生きてきたつもりだったが、やはりダメなようだ。  つーかなんで、春馬みたいなダサDomが、百合みたいなザ・可愛いSubと付き合うことになるんだよ!!! おかしいだろ!? 「「理久くーーーん!!!」」  唐突に名前を呼ばれ、顔を上げると、知らない女の人が二人、手を振っていた。理久は、慣れた手つきで手を振り返す。笑顔を添えて。 「きゃーーっ!!!」 「かっこよかぁ……」 「王子様スマイル生で見ちゃったー!」 「生で見る王子、尊い」  手を振ってきた二人以外からも、黄色い歓声が聞こえる。  俺別に、アイドルじゃないんだけど……。と思いながらも、落ち込んでいた気分が上向きになる。褒められて悪い気はしない。 「ちっ、ミスコン二位のくせに調子乗ってんじゃねーよ」  立ち止まっていたのを、再び歩き出そうとした瞬間、後ろから男がぶつかってきた。そして、ボソリとそんなことを呟いたかと思えば、そのまま去っていく。  理久は、手を着いて倒れた。地面がでこぼこしているせいで、手のひらが痛い。最悪だ。最悪だがーー  あいつすげぇなwwwww  内心大爆笑だった。インターネット界に発信できるようになった現代で、面と向かって……は、いないものの、リアルでこんなにもストレートな妬みを言えるのは、なかなかに凄い。  なんて思っていたら、前の方からドサリという音がした。それと同時に、去っていった男に対して女子たちが放っていた「サイテー」という言葉も止まった。  代わりに「キングだ……」という感嘆の声で周りがザワザワする。  顔を上げれば、去っていったはずの男が尻もちを着いて倒れていた。男の目の前には、東条 悠生(とうじょう ゆうせい)。今年のミスコンで理久を抑え優勝した、一学年下の後輩がいた。 「謝れ」  長身でがっしりとした体格。けれど、筋肉質過ぎず、スタイルが良い。整った顔立ちは理久とは違い、Dom然している。  つまり、何が言いたいかと言うと、東条 悠生は怖い。  そして、かっこいい。  先程理久に、直接文句を言ってきた勇者も、彼の前では借りてきた猫状態だ。    目力が強く、威圧感が半端ない。一目見るだけで誰もが彼の二次性をDomと答えるであろう。圧倒的な覇者。それに彼は、大企業の跡取り息子だ。彼に対しては誰も、Subをお姫様扱いしろなんて言わないんだろう。    彼の前では等しく誰もが奴隷だ。    誰も逆らわない。いや、誰も逆らえない。皆、自ら至福の心で彼に仕えるしかない。  理久が唯一尊敬するひと。  彼のように産まれてこれたら俺も、悩みなんて抱えずに生きていられるのかな?  そんな馬鹿なことを考えながら悠生に見とれているとーー 「南野(みなみの)先輩に謝れって言ってるのが聞こえないのか?」  悠生が男の胸ぐらを掴み、凄んだ。  ま、不味いッ、このままじゃ、グレア漏らすんじゃないか!?    グレアとは、Subを本能的に従わせるオーラ。しかし一口にオーラと言っても色んなものがある。攻撃的なものから、穏やかなものまで。それはDomの性格やその時の気分、グレアを放つ意図などで変わる。  一般的にグレアは、Subにしか効かないと思われがちだが、Dom性の強い人が放つそれは、Subは勿論のこと、NormalやDomまでもを跪かせる。  いや、跪かせるだけならばいいが、攻撃性を持ったグレアは最悪の場合、人を殺すことさえできる。自殺させるという方法で。  だから理久は慌てて立ち上がり、悠生と男の間に割って入った。 「ま、待ってください!」  強烈な悠生の瞳と目が合った。  ゾクリと冷たいものが背筋を這い上がっていく感覚に襲われる。思わず視線を逸らし、その場でみっともなく跪きたくなる。  その感覚に理久は、憧憬の念を抱く。  しかし、そんな感動に浸っていられる状況ではない。正直言って、男の生死になんぞ興味はないが、自分の為に怒ってくれた悠生を犯罪者にするわけにはいかない。   「僕は大丈夫ですからっ! 少し転んだだけなので!」  恐れ多いと思いながらも、男の胸ぐらを掴む悠生の手を握る。すると、手はパッと離され、理久の手を振り払うように引っ込められた。  ーーえっ? 俺、嫌われてる? 「南野先輩、僕のこと嫌いなんですか?」 「えっ? なんで?」  自分が思っていることを、そのまま悠生に聞かれて驚いた。 「今日、敬語でしか話してくれないので……」  言われて思い出した。  去年のミスコンで優勝した方が、相手の言うことを何でも一個聞くという賭けをしたことを。  その時の悠生の要求が、下の名前呼び捨て&タメ口で話して欲しい。というものだった。  それを聞いた理久の第一声は「は……?」だったが、それも仕方ないだろう。  何故、学園の王がそんなことを望むのだろうか?    ────ただ不快だった。    この人になら奴隷扱いされたっていい。  世間の風潮などに関係ないかというように、周りを圧倒的な力で従僕させる。  そんな王に大学二年生の理久は、心が救われたのだ。  だから、タメ口を要求された時は不快だった。  しかし、王の要求を断ることほど不遜なことは無い。  そう思った理久は、了承したのだった。  それからというもの話しかけられる度に、居心地の悪さを感じながらもタメ口を使っていた。  しかし、最近はあまり会っていなかったから忘れていた。  というより、悠生にタメ口を使いたくないがために、なるべく避けていた。 「ああ、ごめん。約束したんだったね、忘れてた」 「いえ、嫌われてないならいいんです。それより怪我はしていませんか?」 「うん、大丈夫」  自分はタメ口なのに、悠生は敬語。その状況が、理久にとってなんとも言えない気持ち悪さだった。  

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